ドリーム1

□過去拍手ログ
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「元就―!」

安芸国吉田郡山城、安芸の支配者毛利元就の居城では若干暗鬱とした空気に似つかわしくないかしましい声が響いていた。城主を呼び捨てで呼ばわりながら足音荒く歩く人物は、警護や女中の苦笑は誘っても取り押さえられたりはしない。もう日常茶飯事なのだ。

「元就!」
スッパァン
「…なん用だ、騒々しい」

目的の部屋の障子を勢いよく開け放った人物―年頃の見目麗しい町娘に見える―は煩そうに顔をしかめ、読んでいる書物から目を上げもしない部屋の主―毛利元就―に一直線に歩み寄る。そして肩を掴み力ずくで目を合わせた。

「また謀略使って戦に臨んだわね?」
「なんだ、そんなことか。いつものことであろう、何を騒ぐ」

飄々と言ってのける元就に娘のこめかみが引き攣る。

「相手が五千の軍勢を!たった千の兵で迎え撃って何をってことないでしょう!?しかも最前線で自分が采配振って、はったりばれたらどうなってたと思ってるの!!」
「城の護りを解けぬ時期ゆえそうしたまで。我が姿を見せることで見えぬ敵にも真実味が増すというもの。やはり何故騒ぐか理解できぬ」
「あんたね…この城の殿様でしょ!?毎度毎度同じこと言うけど自分の立場わかってんの!?あんたが死んだらどうするのよ!!」

怒り心頭の様子で怒鳴る娘に元就は口角を僅かに持ち上げ笑う。…微笑というより嘲笑に近い。

「貴様も飽きぬな。何度も言っておろう、我とて安芸の安寧を得るための駒の一つに過ぎぬわ。そう簡単に死ぬるつもりもなければ我が謀が失するわけもないが…そうだな、もし我が死んだとて子が後釜に座るだけよ」
「妻子あんだからもうちょっと安全策とか自重するって発想はない訳!?」
「それこそ愚問よ。一度手を緩めれば全て持って行かれるわ。貴様とて安寧に暮らせるは我の力ゆえ。感謝されこそすれ叱責される謂れはないわ」
「友達なんだから心配して当然でしょうが、この唐変木!ちっとはこっちの心情考えろってのよ!!」

城内に響き渡る娘の声に、戦から戻ってきた兵達が笑う。この怒鳴り声でやっと戻ってきたと思えてしまうほど、この声は馴染み深くなってしまった。
初めて娘が怒鳴り込んで来たのが元就の初陣が終わってすぐの時。いや、始めは猿掛にて不遇を囲っていた頃の遊び友達として心配し、帰城に馳せ参じたという健気な行いだったのだ。だが既に謀に関わる人の機微以外に疎過ぎた元就の一言(確か『何故ここにいる。己が田畑を耕すが有益ぞ』だった)が感傷を吹き飛ばし、感傷が怒りに変わって怒鳴りつけたのだ。(『田畑よりあんたが心配で来たんでしょうが!!てか畑もきっちりやって来たわぁ!!』だったか)
それ以来戦が終わり元就が帰城すると彼の娘は元就を訪ねて来るのだ。綱渡りのような(元就にとっては造作もない)戦の後は始めから怒りに燃え、そうでない時も元就の失言で、結局怒鳴りに来ているようなものだ。

「しかし、殿も素直じゃないですよね」
「いや、あの方のことだから自覚すらしていないかもしれぬぞ」
「確かに」

少し離れた廊下で二人の言い合いを聞きながら毛利兵は顔を見合わせて笑った。煩いだなんだと言いながら、元就は娘が城に無遠慮に入ることを許しているのだ。むしろ家臣が何事かと取り押さえようとするのを元就自身が止め、好きにさせておけと許しを与えた。それは元就が婚儀を結び、子を得ても変わらず今に至る。

「しかしあのように楽しげな殿はあまり見ませんよ」
「まあ、あれだけ殿を友と言って憚らない御仁も珍しいからな」

多分元就も心配されるのが心地良いのだろうと周りは見ている。本人に自覚があるかないかは知らないが、心配だと直球で言われる度に口角が上がっているのは護衛兵が何度も確認済みだ。若干誤解を生む笑みだが、嘲笑をよく見る者には違う笑みだとわかる。

「あーもう元気なのはわかった!心配して馬鹿みたいだけど、また懲りずに心配しちゃうんだから無茶は慎んでよね!!」
「終わったみたいですね」
「では適当に部屋の前を通るか」

言いたいことを言い終えて去ろうとする娘が元就にとって特別なのは一目瞭然だ。他の者なら名前を呼んで引き止めたりしない。

「我の執務を邪魔し中断させたのだ。茶を出すくらいはしろ、菓子も当然あるのだろう」
「あんたね……もっと言い方ないわけ」

ましてや遠回しに茶に誘ったりなんかしないのだ。



私達なりのおかえりとただいま
(あ、兵士さん達も大福どうぞ)
(かたじけない)
(いつも元就のこと守ってくれてありがとう)
((これが目的で待ってたとか言えない))
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