ドリーム1

□過去拍手ログ
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元親SS

「アニキ!おかえりなせぇ!!」
「おぅっ今帰ったぜ!!」

瀬戸内の海に浮かぶ、山と木々に囲まれた四国の港。この港から程近い山中にある洞穴が、西海の鬼にして四国の主、長曾我部元親の根城だった。広く、そして入り組んだ洞穴は、自然の要塞であるとともに、遥かなる海原を冒険する長曾我部軍の安らげる家でもある。
二月ぶりに帰還した元親達は、自分達が航海している間、根城を守っていた仲間と無事に再会できたことを喜び合う。熱い挨拶と、暑苦しい抱擁が飛び交う中、野太い声に混じって、高く澄んだ声が元親に届いた。

「おかえりなせぇ!アニキ!!」
「っと、おう、久しぶりだな」

澄んだ声と共に、腹に飛び込んで来た影を、元親は受け止める。それはまだ、十歳になるかどうかくらいの子供だった。荒くれ者と同じような、粗雑な服装と言葉遣いだが、軽いその体が、一団の中で浮いている。

「つーか。おめぇ、まだここに居座ってやがったか。いい加減、こんな洞穴じゃなくて村に行ったらどうだい?」
「いや!おれはアニキの子分になるんだから、ここに居る!!」

腹にしがみついたまま嫌々と首を振る。元親としては懐かれて悪い気はしない。だが、こんな小さな時分から、この子を海賊にしてしまうのは気が引けるのだ。これでもう少し大きく、かつ自分からここに入れてくれと乗り込んで来たなら、喜んで迎えてやるのだが、この子は違う。
実はこの子、元奴隷なのだ。まだ元親が瀬戸内海で他の海賊を駆逐、吸収して、勢力を拡大していた頃、殲滅した敵船の中で保護したのだ。だから、もはやこれは刷り込みに近い。

「いいか、ちびすけ。よく考えろ。俺らは好きで海賊稼業しちゃあいるが、世間から見たら誉められたことじゃねえ。お前はまだ、まっとうに生きる道があるんだぜ?」

何度となく繰り返した文句を、一応言ってみる。そう、何十、何百回も言ってきたのだ。それで返ってくる答えも、毎回同じだった。

―アニキが頭なら、海賊だって立派なんだ。おれはアニキの子分がいい!

いつも通り突っぱねてくるだろうと、腹あたりの温もりを撫でていた元親は、不意に涼しくなった腹を見下ろす。しがみついていたちびすけは、俯いて、彼から一歩距離を置いていた。

「…そんなに、おれは役に立たないかな」
「何も、んなこたぁ言ってねぇだろ」
「だって、ここ出てけって、今のでちょうど千回目だ。いくらアニキのそばに居たくても、迷惑でお荷物ならおれ、出ていくよ」
「だから」

そんな風に思って言ってるんじゃない。そう言う元親に、ちびすけは、寂しく笑う。

「ありがとうアニキ。おれのこと考えてくれてたんだよね。…わかった、じゃあ…さよなら!!」
「ちびすけっ!?」

身を翻して走って根城から出ていくちびすけを、追うように手を伸ばした元親は、思い直してその手を引いた。少し傷付けてしまったが、自分への恩やら刷り込みで人生決めるよりいいだろう。まっとうに生きられるなら、それに越したことはない。幸い、近くの漁民に話は前々からつけてあるし、ちびすけはきっとそこを頼るだろう。

「……なんだその目は、何か文句あんのか?」

じっとりと、元親を責めるような目が数十対。不機嫌絶頂な元親が睨み付けることで、多少怯んだがそこはそれ、普段の気安い付き合いから、子分達は次々口を開く。

「なんで追っかけないんスか?あれじゃあ変に誤解したままじゃないスか!!」
「つーか、いいじゃないっすか、仲間に入れてやったって!ちび、働き者だし素直だし、何が悪いってんですか!?」
「そうそう!あんだけ将来有望で、しかもアニキを熱狂的に慕ってんです。絶対役に立ちますよ!」
「てか既に役に立ってるじゃねっすか!一番困るのアニキですよ、賭けてもいいっす!!」

元親が勢いに押され、黙っているのをいいことに、子分達は言いたい放題だ。どんなにちびが素晴らしく、元親が馬鹿な真似をしているかを言い募る。果ては見た目の話にまで至ったあたりで、我慢の限界に達した元親は、そばにあった碇鎗を地面に叩き付けた。

「「「っ…!!」」」
「…言いたい放題だがな、てめぇらはその将来有望で、真面目で素直な、可愛い弟分を札付きにしてぇのか?俺達は海の男として誇りを持っていられるが、あいつは海賊ってやつの被害者だ。いつ俺らについて来たことを、後悔してもおかしくねぇ。その責任、おめぇら取れるのか?」
「そ、それは…」
「てか…」
「この話はここでしまいだ。オラ、わかったらとっとと宝ぁ船から運び込め!!」
「アニキ…」

さっさと部屋に引っ込む元親の背中は、誰よりも切なく見え、子分の反駁を封じた。





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