君のことが好きだというのに

□想いが溢れてしまうから
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花田サキは有名人だ。
中世的な顔立ちと低めの身長、ピンクがかった色白の肌。
名前の通り、少女のようなかわいらしい容姿は、サキが男であるにも関わらず、少年たちを虜にする。
学生故の遊びと冷やかしの感覚が殆どの中で、本気の気持ちを抱く者も少なからずいた。
だがサキがその容姿だけで有名なわけではなかった。

サキは眉間に皺を寄せて廊下を足早に歩いていた。
とげとげした空気を辺りに振りまきながら、「何だ?」と振り返る生徒の視線さえも煩わしく、それらを振り払うかのようにずんずん歩いていく。

「よっ!花田、どうしたよ。そんなにイライラしちゃって」

途中、廊下に面した教室の窓から西田ヒロミから声をかけられた。
サキは歩みを止めたがますます眉間の皺を寄せて、「うるさい」と一言言った。

「不細工な顔だぞー、お前」
「僕は不細工じゃない!」
「自分で言うなよ〜」
「本当の事言って何が悪いんだよ」
「さすがですな!姫!いやいや女王様?」

年中へらへらとしているヒロミのことをサキは嫌っていたが、ヒロミの方はそうでもないらしく何かとこうしてちょっかいを出してくる変わり者だ。
こんな頼りない感じの変わり者でも、卓球部のエースだというから信じられない。

「人のことをおちょくるのも大概にしてよ、この卓球オタク野郎」
「あっ!今、卓球のこと馬鹿にしたな!卓球やっている奴は根暗なオタクばっかりとか思ってんだろ!」
「僕は剣道のほうが好きだ」
「かーっ!あの汗臭いのがいいとか!」
「臭い言うな!」
「本当のこと言って何が悪いんですかー?だいたい剣道が好きなんじゃなくて、剣道やってるさ──あだっ」
「西田……それ以上喋ったら再起不能にするけど?」

サキが詰め寄ったサキのヒロミは目を潤ませて、額を押さえていた。
強烈なデコピンをサキからお見舞いされ、痛みに声にならない悲鳴を上げていた。
それでも負けじとにらみつけると、ピキッとサキのこめかみに青筋が浮かぶ。

「死にたいらしいね……」
「ちょ、ちょっと、たんま!」

逃げられないよう頭をがっちり掴んで、指をゆっくりと額にやった。

「サキ、何してんだ?」
「っ!ギンガ!?」
「沢村!」

不意に声を掛けられて身体が強ばった。
「助かった」とギンガに腕を伸ばすヒロミの頭を小突いて戒めから介抱すると、もう目の前にギンガが来ていた。
明らかに顔が綻んだサキを見て、ヒロミは苦笑した。
見た目の可愛さだけでなく、この女王然とした態度で有名な花田サキにここまでの表情をさせる人物は校内では沢村ギンガ一人であろう。

「沢村、この女王様なんとかしてくれよ。ひどいんだぜ?俺をオタクとか言うし、デコピン喰らわすし」
「それはお前が余計なこと言うからだろ。」
「って、ずっとこの有り様なのよ。俺は花田と仲良くしたいだけなのにさ。っていうか、仲良くしてあげようと思ったのにさ」
「うわっ気色悪い。お前となんて願い下げだね、オタクが!」
「ちっ、この汗臭好きめ」
「いちいちうっさいんだよ!僕に構うなっ」
「かー!本気、可愛くねー!」
「だから僕は──」

他を寄せ付けない毒舌で花田サキはいつも一人だ。
女子にも引けを取らない容姿とこの性格は、明らかにサキが交友関係を築くのに障害になっている。
それでいい、うるさいやつらとはつきあいたくないと皮肉れたことをいう。
だからヒロミはサキのことを放っておくことができなかった。

「サキ」

決して怒っているわけではないが、意思の強い声音にサキもヒロミも押し黙った。
ギンガは笑みを浮かべるとヒロミに向かう。

「ごめんな、西田。どうせサキがわがまま言ったんだろ」
「わがままって何」

反論しようとしたサキを目だけで黙らして、もう一度ヒロミに向かい直ったギンガを見て、ヒロミはやれやれと肩を竦めた。

「沢村様には敵わねーよ。さすがだね」

それだけ言うとヒロミは身体を教室内に引っ込めて、すぐにクラスメイトの輪の中に入っていく。
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