働くお兄さん

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朝からため息が止まらない。
原因が何だかわかっているからといって、すぐに解決できないところが面倒なところだ。

「峻さん、昨日は本当に平気だったんですよね」
「大丈夫だって……朝から何回聞いてんだよ、お前……はぁ……」
「そうやってため息ついているから聞いてるんすよ」
「あっそ……」

昨夜のできごとが頭から離れなかった。
普通に考えても、冷静に考えようとも、怒りたいのは香坂のほうだったのに、今香坂の気持ちをは怒りよりも戸惑いだった。
確かに昨日、香坂は御門に怒りを感じていたのだ。
口の利き方も知らない、子供だった。
高校生くらいだろう。喋らなければ大人びて見えて、香坂はあの瞬間まで彼を二十歳くらいの大学生ぐらいに思っていた。

御門が不機嫌になった原因が未だにわからない。
それがわかれば、解決の糸口を見つけられるはずなのに。
だけど、御門にもう一度逢う機会があるのかどうか、それすらもわからない。
彼の連絡先を聞かなかったことを後悔していた。

こういうのを世代のギャップを感じるというのだろうか。
今の若い子はなんていいたくないが、十三歳も年下の高校生の気持ちを悟ろうと思っても難しいものがある。
きっと根はいい子なのだと思う。
無邪気に喋る御門を思い出すと、余計にやり切れなくなる。

「あれか?思春期の難しいお年頃ってやつか?」

自分にも高校生の時があったし、理由のない苛立ちを感じた憶えがある。
でもそれにも当時はちゃんとした理由があったように思う。
社会に出てしまった大人から見れば、自分本位な理由だったけれど、それが思春期ってやつだ。
何はさておき、自分が原因があるのだと香坂は思った。

「峻さん、今日呑みに行きません?」
「え?」

パソコンに向かいながら隣の赤西が小さく呟いた。
聞き取れずに振り向くと、苦笑した赤西がいた。

「今夜、呑みに行きませんか?愚痴ぐらい聞きますよ。」
「そんなにひどいか、俺」
「ひどすぎですよ」
「ハハ、悪い」

赤西にまで心配をかけているのかと思って、同様に苦笑いを浮かべる。
赤西が気に病むことは何一つないのだけれど、そんなことをいうとこの後輩は眦を釣り上げて怒り出すから堪らない。
だったら、そんな顔するなと一喝される。
香坂のほうが先輩のはずなのに、こういうときの赤西には頭が上がらない。

(こいつなんでここまでお袋体質なの……)

小さい頃何かというと、「峻ちゃん、峻ちゃん、これ持っていきなさい」と野菜やらお歳暮のお菓子やらジュースを寄越してきた隣近所のおばさんがいた。
転んでけがをしたら手当てしてくれたり、何かと構うおばさんだった。
隣近所だから高校生になっても、変わらない彼女に辟易してなるべく逢わないようにしていたのを思い出した。
赤西がそのおばさんにノリに似ているなんて、口が裂けても言えなかった。
やぶへびはごめんだ。

断るのも無粋な気がした。

「お前のおごりだからな」
「まじっすか」
「嘘だよ」

少しだけ気分が晴れた気がして、香坂は小さく「サンキュー」と呟いた。
呟いたあとにじわじわと恥ずかしさが込み上げてきて、慌ててパソコンに向かった。

「笑うなっ」

隣で赤西が肩を震わせていた。
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