働くお兄さん

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カタカタと絶え間なく聞こえるタイピングの音。
デスク上の電話の鳴る音。
打ち合わせをする話し声。
紙をめくる音。
パーティションで区切らず、良くも悪くも昔からの日本の会社内の風景であるフロアで、赤西雅人と田宮沙織はパソコン越しに会話していた。
斜め前の同じセクションであるにも関わらず、しかも、完全に私用目的で二人はメッセンジャーを飛ばしあっていた。
傍から見れば、しっかりと仕事をしているように見えるが、二人は猛烈なスピードでタイプしやり取りをしていた。
沙織がふと手を止め、ちらりと視線をわずかに動かした。
そうして、すぐに叩きつけるようにキーボードに指を遣わす。
彼女の目は見開いていた。
雰囲気も鬼気迫るような、近寄りがたい空気を放っており、沙織の両隣は見てみぬ振りを、少し離れたところに座っている上司は若干気にするそぶりを見せる。
だが、そんなことに構っていられる余裕は沙織にも、そしてやり取りをしている赤西にもなかった。
二人は一心不乱にメッセンジャーにタイプする。

Saori_Tamiya:ちょっと!今度は何考え込んでるのよ。眉間に皺よってるんだけど。
Masato_Akashini:モニターにかじりつくように何か見てますね
Saori_Tamiya:なに?なに見てるの?見える?

そう返信すると、赤西が立ち上がった。
トイレか給湯室かに行くふりをして、様子を伺おうとしているようだ。
立ち上がった赤西はわざとらしいほどゆっくりした動作で伸びをすると、身体の向きを変える。
沙織は「わざとらしすぎるでしょ」という突っ込みを内心で押し殺して、ちらちらと見やった。
だけど、赤西が中身を見るのに絶好のポジションに立ったとき、赤西の目が驚愕に見開き、「え?」と声が出てしまうところを確認してしまう。
「バ、バカッ!ばれるじゃない!」と心の中で毒づきながら、沙織は慌てて赤西に目配せした。
何かに衝撃を受けた赤西は、しばし立ちすくんでいたが、ぎこちない動きで廊下に出ていった。
沙織は後を追いかけたほうがいいか?と思った矢先、存外に早い時間で赤西が戻ってくる。
赤西は明らかに動揺しており、自席に戻る道すがらも再び隣の彼──香坂の背中を凝視してしまっていた。

Saori_Tamiya:香坂くんにばれるじゃない!なんか集中してたみたいだから、ぜんぜんお構いなしって感じだったけど!なんかそれが、やけにむかつくけど!
Masato_Akanishi:沙織さん、峻さんが何見てたか、知りたいですか?

メッセージを受け取った沙織は思わず赤西を見てしまう。
赤西も沙織のほうを見ていて目が合った。
赤西らしくもなく、動揺が未だに去らないらしく、目が泳いでいる。
沙織は視線だけで「早く教えなさいよ!」と促すと、項垂れた赤西がぽちぽちとキーボードを操作する音が聞こえてきた。

数秒後、沙織は「えぇ!?」と一際大きい声を出してしまって、フロアを出なかったことを後悔した。
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