E

□麻那様/ピオニー
1ページ/1ページ






「…陛下、もう大丈、」
「いや、だめだ。まだ熱下がってないだろ?」

わたしの言葉を遮った陛下の顔が余りにも真剣で、心臓がキリキリと痛んだ。陛下はこんな所にいて良いような人じゃないし、早く部屋に戻って執務をこなしてもらわなくてはならないのだけど、このままこうしていて欲しいとも思う。でも陛下にこんなことをさせてるなんて大佐に見つかったら、笑顔で殺されちゃうかもしれないなあ。ぼんやりとそんなことを考えていると、意識が深いところへ落ちていきそうになった。必死に意識を集中させると陛下の手が優しく瞼に触れて、強制的に目をつぶらされる。もう少し陛下を見ていたかったのに、なあ。

「お前は頑張りすぎなんだ。少しは休んでろ」
「…陛下、わたし、」
「ん?」
「……いえ、なんでも、ないです」
「わかった、お前が寝るまで傍にいてやるから」
「っ、でも陛下、婚約者の方が先程、呼んでいらっしゃい、ました」

ドタドタ、と足音が聞こえてきてわたしの部屋の前で止まった。ピオニー陛下、と呼ぶ凛とした声が聞こえて、陛下は小さくため息をついた。しかし返事はせずに手もわたしの目を覆ったまま。どこにいらっしゃるんですか。陛下の婚約者はわたしの部屋の前を、通り過ぎていってしまったみたいだった。行かなくちゃいけないでしょうとかなんで返事しなかったんですかとか、言いたいことはたくさんあったけれど何一つ言葉にはならなかった。陛下の唇が離れて目からも手がはずされて、私は放心状態のまま。何が起きたのかわからなくて陛下を見つめていると、寂しそうに笑う陛下と目があった。

「……へ、いか」
「…ごめん。俺はお前が、好きなんだ」
「…っ!」
「わかってるんだ、婚約者がいるんだからこんなことしてたらいけないってこと。だけどな、」
「……じゃあ、ひとつだけ、わがまま聞いてください」
「、なんだ?」

今夜だけ一緒にいて。わたしがつぶやいた声は静かな部屋に小さく響いた。優しくほほえむ陛下がだんだん滲んでいく。ああ、泣きたくなんかないのに。





(100105)



「深淵夢大好き」さまに提出。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ