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(塚不二/小話)



《Every day》



「不二」

手塚は着替える手を止めずに、隣で特徴ある青色のレギュラージャージを脱ぐ不二に話しかけた。

「ん?なんだい?」
「空いてる日あるか?」
「んー、次の土曜日は部活なしでしょ?その日なら空いてるよ。何か用事?」
「買い物に付き合って欲しい。俺にはさっぱり分からんのでな」

母親が買ってきたものを着る。
それは手塚にとって当たり前で、中学生という微妙な年頃にある気に入らないから着ないという反抗もなかった。
しかし、その母親が『そろそろ自分で好きなもの買いなさいな』とにこにこしながら現金をくれたのだ。
母の目はこの子も年頃だものねぇなどどいう母親心だったのだが、今まで特に文句もなかった手塚は困りに困り、不二に付き合ってもらってアドバイスしてもらおうと考えたのだ。

「二人で行くのかにゃー?」
「そうだね」

無邪気に訪ねる菊丸に不二はさらりと髪をなびかせて振り向き答えた。
同じクラスである二人は仲が良く、親友と言ってはばからない。
もしや、付いてくるのか?
手塚は不二に頼んでいるのだ。菊丸に頼んではいない。
菊丸のことは嫌いではないが、時折あの明るいテンションに付いていけない手塚にとって菊丸は苦手な友人だった。

「……菊丸、着いてくるなよ」

多少の不愉快さを滲ませて、手塚は菊丸に釘を差す。
菊丸はムッとさせて手塚を睨む。

「そんなことしねーよ!」
「ふふ、二人とも喧嘩しないの。手塚、細かいことはまた連絡しよ」
「そうだな、また連絡する」
「お前達そろそろ暗くなるぞ」

今まで見守っていた大石が手を叩き、皆を帰らす。
大石はすでにマフラーも手袋もして完璧だ。
後は菊丸を待つだけなのが見てとれる。

「英二、帰ろうか」

ぷっくり膨れっ面な英二に大石は苦笑いひとつこぼして声をかける。
菊丸は手を頭の後ろで組みながら、少し拗ねてしまったようで口がとんがっており、ぐるぐるに巻かれたマフラーが菊丸の幼さを助長させた。
菊丸は子どもだな、と思いながら、自分もまだ中学生であるということは考えていない手塚である。

「へいへーい」
「お先」

二人は手塚と不二に手を振って帰っていった。
扉を閉める間際、菊丸が忘れてた手袋をはめてやる大石が見えたのは幻覚ではない。
準備が整った不二が僕達も帰ろうかと声をかけ、手塚もあぁと返した。

「何が欲しいの?」

不二は帳が降りてきた空をちらっと眺めてから手塚に声をかけた。
綺麗な髪の毛先を真っ白でモフモフしたマフラーで包んだ不二は、その暖かそうなマフラーに顔を埋める。

「春物」
「春物の何さ」
「特にない」

まず何がないのか何が必要なのかすら、手塚には分からない。
流行にも疎ければ、流行に乗りたいという欲求もなかった。
今着けているダークグリーンのマフラーもお揃いの手袋も母が買ってきてくれたものだ。
手塚を突き詰めれば、テニスさえ出来ればいい、というテニス馬鹿であることは親しい人しか知らない。

「君ってさ、言葉のキャッチボール出来ないの?」
「む、できてないか?」
「うん。もっとこうさ……、詳細に欲しいんだよ」
「詳細か……。先日衣替えをしたんだが、去年の服はもう着れなくてな。全て捨てたから、新しい春物を買いたいんだ」
「なんかムカツク」

新しい服が欲しい理由を手塚が説明すれば、途端に不機嫌さMAXな不二がお目見えした。
内心では少しビクつきながら、見た目は冷静さを装って不二にお伺いをたてる。

「なぜだ」
「僕去年の服着れるもん」
「……、すまん」

そういえば、去年に比べて手塚は身長がすごく伸びたが、不二は僅かだった。
学期始めに行われる身体検査の度に、座ってる部員の頭を押さえつけ小声で「身長が低くなれ〜」と呪いのように唱える不二を見かけるのはテニス部の恒例だ。
主に乾と手塚が被害にあっている。
なぜか河村は許されるらしい。大変遺憾だ。

という訳で年々手塚と不二の身長の差は開いていくばかり。
その身長のコンプレックスを乗り越えて今の高い技術を駆使した不二のプレイスタイルがあるということも勿論わかっている。
だがやはり身長はある方が有利だ。
サーブもスマッシュも、高い身長の選手の方がスピードや威力が出やすい。

「っぷ、手塚はほんと真面目で優しいね。まぁもういいんだけどね」
「……そうか」

真剣に考えている手塚を見た不二はそれだけで嬉しかった。だからもう良いのだ。
いつも鈍感な手塚も不二のその思いを感じ取ってこれ以上何も言えず、元々無口である手塚は口を閉ざした。
そういう手塚の優しさを噛み締めながら、にこやかに不二が話題提供してくれる。

「春物シャツとかカーディガンかな?」
「そうだな」
「ジーンズとかは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない」
「……」

無言になった不二に、また怒らせてしまったか、と手塚は焦る。
もう少し言い方があったのかもしれないが、思ったことがすぐ出てしまう手塚である。手塚に高いコミュニケーション能力は期待すべきではないだろう。

「頼めるか?」
「ぷぷっ、なに捨てられた子犬みたいな顔してるのさ、怒ってないよ。」
「そうか……」

不二がいつものように穏やかに微笑んで、手塚の目を見る。
その瞳からは嘘や誤魔化しは感じられなくて、手塚はホッと白い息をはいた。
同時に、寒さにかじかんだ手を手袋の上からにぎにぎと揉む。
これで少しはマシになった気がするのだ。

「僕も本屋に行きたいんだけどいいかい?」
「なに遠慮するな、俺に付き合ってもらうのだからそれくらい構わん」
「ありがとう。あ、待ち合わせ何時にする?」
「いつでも良いが不二はどうだ?」
「10時か11時くらいじゃないとお店開いてないと思うんだ」
「む、そうなのか」

そんなこと知らなかった手塚は目を見張って驚く。
部活をやっていると1日休みの日は中々ない。大体が昼からだ。そもそも休み自体が少ないのだが。
だから出かける時は大体が昼からで、殆どの店がすでに開いている状態。
わざわざ開店時間など気にしないし、今まで知らなかったのだ。

「うん、だから11時くらいに待ち合わせしてまずお昼食べない? で、午後からお店回ろうよ」
「あぁ任せる。では11時で頼む」
「ふふふ、了解」

雪がちらほらしてきた。
不二の鼻の頭は赤く色づき、吐く息は真っ白だ。
手塚に比べて華奢な不二は、見ている手塚からしてもとても寒そうだ。

「やはり不二に頼って正解だったな」
「んー?」
「9時くらいに行くつもりだったんだ」
「あははは!! いやまぁ開いてるところもあるだろうけどね」

とても珍しくも、まさしく爆笑と言える笑い声をあげて不二は笑う。
手塚はまだ驚きの事実に茫然としている。
手塚一人で行っていれば店の前で待つことになっていただろう。

「9時ではまだ店が開いてなかったとは……」
「手塚って本当そこら辺疎いよね」
呆れたように微笑ましいように、くすくすと不二が笑う。
その笑顔はいつもより楽しそうで、手塚まで楽しくなってくる。
あぁ次の土曜日が待ち遠しい。



fin





返信は《おへんじ》にて。






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