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□心中立て
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夏の蒸し暑さに目を覚ますと、
窓の外にはまだ月が浮かんでいた。

「旦那ァ、なんか飲み物もらっていいですかィ?」

隣にいるはずの旦那に声をかけたが返事はなく、
薄っすら開いた襖の間からひかりが漏れている。

襖を開けてみると、
旦那は外を眺めていた。


「なにしてんですかィ?」

「あぁゴメン、起こしちゃった?」

「喉が渇いただけでさァ。
旦那は?」

さっきまでの後ろ姿がすごく寂しそうに見えたのが気になっていた。

「俺もそんなとこかな。
一回起きたら寝れなくなっちゃった。」

「それにしても、旦那が景色眺めてるなんて珍しいですねィ。」


旦那は何も言わずにニコッと笑う。
その顔があまりにも冷たく見えて
背筋がぞくっとした。


「沖田君さぁ、心中立てって知ってる?」

「へ?」


急な質問に戸惑っていると、旦那はかまわず続けた。


「遊女と客とが交わす指きりみたいなもんかな。」

そういって旦那は自分の髪を一本
俺の小指に結んだ。


「俺は沖田君だけを愛してるよってことで。」

「へぇ、面白いですねィ。
俺の髪も旦那の指に結ぶんですかィ?」


心中立て

俺はそういうとこに行ったことがないから
初めて聞いた言葉だった。


「守れない約束はしない方がいいよ。
沖田君が好きなのは俺じゃないでしょ?」


「旦那・・・」



確かに、俺が好きなのは旦那じゃない。

俺たちの関係は複雑で不安定で
いつ崩れるかわからない。


「だからこれは俺の一方的な約束。
俺は何があっても沖田君のこと愛してるから、沖田君は好きな時にここへ来ればいい。何もしたくないなら、世間話しに来るだけでもいい。」

「今日の旦那、なんか変でさァ。
いつもと違う。」


いつもはもっとヘラヘラしてて、
バカみたいな冗談ばかり言ってんのに。

「だってさ、沖田君があいつとうまくいっちゃったら俺に会ってくれなくなんのかなぁって、
なんか寂しくなって。」

あぁ、この人も弱いんだ。


強がって生きてても、
チャイナや眼鏡が側にいても、いつか訪れる孤独に怯えている。

俺も似たようなもんか。

ひとりが恐くて旦那と関係を持っているんだから。
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