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□間違えた
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セインガルドの薔薇。
何時の頃からか巷で呼ばれ始めたリオン・マグナスの通り名。
そもそもなんと呼ばれようと僕自身には関係ないし、リオン・マグナスとして個を確立できさえすればそれで良かった。
そう思っていたんだ。あの時までは。


一ヶ月程前より隣国のファンダリアとここセインガルド王国との間で兵の交換演習が行われていた。
二国間の友好の証としての交換演習はセインガルド王国からは七将軍の紅一点ミライナ将軍率いる部隊が、ファンダリアからはやはり女性の指揮官が率いる部隊がそれぞれ互いの国に赴き、約一ヶ月ほど訓練や任務を共にする。
ミライナ将軍に替わる様にファンダリアから派遣されたケイリー・アーシェルもまたファンダリア軍の一部をまとめる隊長だ。
セインガルドに来てからはファンダリアに赴いているミライナ将軍の空いた穴を埋めるべく、任務に付くことが多い。
しかし、いくら実力は伴ったとしても他国の部隊。
そのサポートとして、度々客員剣士であるリオンが一緒に指揮を取ることとなった。
そうすれば、おのずと訓練も一緒になるわけで。
リオンとケイリーが一緒に過ごす時間は必然的に増えるのだった。



初めて対面した時は、正直なんでこんな奴が隊長などをしているのだろうと思った。
ミライナ将軍も軍の中では右に出る者がいないほどの美しさを誇っている。
だが、ケイリーという女はミライナ将軍とはまた違った、美しいというより可憐と例える方が合っているような容姿をしていた。
そのくせ、訓練ともなると人が変わるように厳しくなる。
いつもはぽわわ〜んとしていて、最初僕が冷たくあしらっても気にした様子もなくしゃべりかけてくる。
軍属にあるだけあって貴族の女どものような中身のない自慢話に付き合わされることもなかった。
共同任務も数をこなすごとに、段々と僕との息も合い、今では何の気も使わず背中を任せられるほどになっていた。
だからこの関係が一ヶ月限定の限られたものであることを忘れていたんだ。
それくらい彼女の横は僕にとって過ごし易い場所になっていた。
このまま交換演習が終ってしまえば、彼女はファンダリアに帰り、僕のことはただの演習先の一指揮官としてしか記憶に残らないだろう。
だから僕はケイリーが帰る三日前に、彼女を食事へと誘った。





落ち着いた音楽が流れるレストラン。
フレンチの食事も一段落し、食後のデザートが運ばれてくる。
目の前にいるケイリーはチーズケーキのラズベリーソース掛けがテーブルに置かれると目を輝かせてフォークを握り締めた。

「チーズケーキが好きなのか?」

「ベリー系のものが好きなの。このチーズケーキの周りのソースはラズベリーって聞いたから」

甘酸っぱい味がサイコーなのというケイリーの顔は実年齢より幼く見える。
これが実戦ともなると僕に劣らない剣技を繰り出すのだから人は見かけによらないとはこのことだと思う。

「リオンは?」

「なんだ?」

「リオンは甘い物は好き?」

「嫌いではないな」

「ふーん」

なんなんだ?自分で質問しておいて。
普通に答えただけで、何故ニヤけた顔を返されるのか分からない。

「リオンのさ、嫌いじゃないって好きっていう意味だよね」

「なっ」

顔が熱くなるのが分かる。鏡を見るまでもなく、今僕の顔は赤いに違いない。
まったく、共に過ごしたのはたった一ヶ月だけだというのに、ケイリーは何処まで僕のことを分かっているというんだ。
僕は珈琲を一口流し込んだ。独特の苦味が広がり、火照った顔を鎮めてくれる。
本来赤くなるのは本題の時だろうに、そこに漕ぎ付く前に動揺するなんて、僕としたことが。
ケイリーの方を見ると彼女はソースを絡めたチーズケーキの一切れを口にいれ、味を噛締めている。
お前、幸せそうだな。僕があたふたしているのにと少し恨めしい気持ちになる。
僕はわざとらしく咳払いをし、彼女を此処に呼び出した本題を切り出した。

「ケイリー」

「ん?」

ケイリーがフォークをくわえたまま目線だけを僕に寄こした。
その目線は反則だ!じゃなくて、行儀が悪い。
いや、そんなことはこの際置いておこう。
僕は思考が持っていかれるのをなんとか持ち直し、ケイリーに向き合った。

「僕はお前が好きだ。付き合ってほしい」

「んぐっっ」

「お、おい、大丈夫か?」

僕が告白の言葉を口にした瞬間、ケイリーが喉を詰まらせた。
胸をバンバン叩いている彼女に水を差し出す。
コップを受け取ったケイリーはそれを一気に飲み干した。
数秒間。彼女が落ち着くのを待つ。

「大丈夫か、ケイリー」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって」

まあ驚くだろう。
僕もそんなそぶりは見せていなかったし、どうせ今日の食事も演習が終る前の形式的なものとでも思っていたのだろう。
食事が始まってから、それなりに雰囲気には気を付けていたつもりだったのだが。
どうやら僕もまだまだ甘いらしい。
だがここで僕の一世一代の告白を流されても困る。
ここは押しの一手あるのみだ。僕は続きの言葉を捲し立てた。

「逢って間も無いのに何を言うんだと思うだろう。だが僕は本気なんだ」

「ちょっと待って、リオン」

「なんだ?」

「貴方、私の事が好きって、そういう意味として?」

「当たり前だろう。でなければわざわざ食事に誘って告白したりしない」

「でも……知り合ったばかりって問題より、そもそも私達同性よね?」

「…………は?」

「え?…………」



沈黙が僕たちの間を包む。
僕とケイリーが同性?
まさか…………

「…………ケイリー、お前。そんな顔をして男だったのか!?」

じゃあその胸の辺りの膨らみは一体。
詰め物だとでもいうのだろうか?
僕は男に告白してしまった?
悶々とした考えが僕の頭を占めていく。

「違う!!リオンが女性なんでしょ!」

「僕が女だって?」

どうしてそういうことになったんだ?
僕が顔を顰めていると、ケイリーが口を開いた。

「だって、リオンってセインガルドの薔薇よね?」

「勝手にそう呼んでいる奴がいるのは知っているが」

「セインガルドの薔薇って男装の麗人なんでしょう?」

今度こそ僕は開いた口が塞がらなかった。
いや、物理的に口を開いた間抜けずらを晒したわけではないが、言葉が出ない。
僕は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
そんな僕にケイリーが恐る恐るといった風に声をかけてくる。

「あの〜、リオンってもしかして男性?」

「もしかしなくてもそうだ!見れば分かるだろう!!」

僕は勢い良く顔を上げ、声の限り叫んだ。
他の客が一斉にこちらを見たが、今の僕らには構っていられる筈もなかった。



間違えた




「そもそもなんで女などと……」

「だって、リオン綺麗な顔してるし」

「身体つきを見れば分かると思うが」

「リオンくらいの体格の女の子もいるもの」

「それで、僕と付き合うという話の返事は?」

「えっと……」

「同性でないと分かったんだ。後はなんの問題がある」

「い、いままで女の子と思って」

ギロ!

「うん、私もリオンのこと好き。よろしくお願いします!」

「ああ」

「(リオン、目が怖すぎるよ)」



2013.5.1 沙良
拍手掲載 2013.5.1〜2014.2.15


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