*2014新春企画 土沖福袋*

□受難
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彼は見てしまった。本当に偶然だった。
翌週行われる健康診断の用紙を養護教諭の山南に届けるため、保健室に行ったときだった。
保健室のドアを開け一歩足を踏み入れた。
廊下からベッド周りのカーテンが閉じられていたのが見えたので、きっと誰かが具合が寝ているのだろうとは思っていた。
だから、彼はゆっくりと音を立てないようにドアを開けた。
カーテンはきっちり閉められていなくって、少し隙間が開いていた。

「う…ふ…ん」

軽い吐息のようなものが聞こえたので、思わず目が行ってしまった。
そこにいたのは、ベッドの上に横たわっている男子生徒と…それに覆いかぶさるようにしている…男性教師。
男子生徒の両腕は、教師の首周りに絡みつき、教師の方は生徒の顔をはさむようにして両肘をベッドの上に着いている。
二人は、深い口付けの真っ最中だった。
生徒の方の顔は見えないが、男性教師の後姿には見覚えがある。
あれは…古典教師で教頭の、土方先生…?

目を逸らそうにも、しっかりカーテンの隙間から見えるその出来事に、目が行ってしまっていた。
足を動かそうにも根が張ってしまったように動かない。
いや、それよりも今動いたら、空気の流れで自分がここにいることがばれてしまうかも。
二人は、彼がここにいるのに気がついていないんだろう。
せわしく弄り合っている。

「…っふ…ダメだって…」

囁く声。
唇が重なる音。
うわ、俺、どうしたらいいんだ…。

その時だった。

「沖田君、具合の方はどうですか?もうよくなりましたか?」

そういいながら、養護教諭の山南が入ってきた。

沖田!?
沖田って、俺と同じクラスの沖田総司のことか?

ごそごそという音とともにカーテンが開き、

「沖田、あんまり保健室でサボってんじゃねーぞ」

と言いながら、土方が出てきた。
一瞬彼と目が合ったが、表情の変化は見られなかった。
よかった。気づかれていなかったか。

「サボりじゃないですよー。おなかが痛いんですー」

と、ベッドの上から沖田が間の抜けた返事を返してきた。

「山南さん、きついお灸でもあいつの腹に据えてやってくれ」

と言いながら、土方は保健室を出て行った。

「だそうですよ、沖田君。どうしますか?」
「先生があの人の頭にお灸据えるなら考えます」

そういって、ごろりと寝返りを打ってしまった。

「やれやれ…。さて、山崎君、何か用でしたか?」
「あ、は、はい…来週の健康診断の用紙を…持って…」

しどろもどろになりながら、書類を山南に手渡しつつも、視線は沖田の方に向いていた。
山南から説明を受けている間も、彼 − 山崎 − は先ほどのことが頭から離れずにいた。

教室に戻ろうとドアに手をかけたとき、ふと視線を感じ目をやると、ベッドの上でうつぶせになっている沖田が、俺に眼を向けていた。
腕に半分隠れた眼と口。それがゆっくりと笑う様にゆがめられた。
あまりにも妖艶なその表情に、ひやりとしたものを感じ、彼は走るようにして保健室を出て行った。




沖田の事は、ただのクラスメイトというぐらいの認識しかなかった。
どこか飄々としていてつかみどころがない…成績はそれなりにいいほうだと思う。
スポーツもそれなりに出来て、体育の時間になると女の子が騒ぎ出す。
ただ、土方の教える古典の授業中だけはかなり不真面目で、サボったり宿題をやってこなかったりという散々な態度だ。
前回のテストのときには、答案用紙一杯に落書きを書いて提出し、職員室でこっぴどく怒られている姿を見かけた。
その二人が…。


「や・ま・ざ・き・君」

ハッとした。
目の前に座席の背に凭れかかるようにして沖田が座っていた。
放課後、教室の中にはほんの数人残しているだけだった。
山崎は昼間のことが頭から離れずにいて、どうやらボーっとしていたらしい。

「今日、今から用事ある?塾とか?」
「あ、いや。今日は特に…」

まともに沖田の顔が見られない。

「ふぅん〜。じゃさ、君、紅茶好き?紅茶の美味しい所知ってるんだ。一緒に飲みにいこ?」

…俺は、デートに誘われているのだろうか…
好きとも嫌いとも返事をする前に、沖田はさっさと歩き出した。

沖田に数歩遅れながら付いて行く。
会話はない。

歩いて15分ぐらい経っただろうか。
彼らはとあるマンションに着いていた。
入口の脇にあるキーパッドに暗証番号を入れている。
こんな所に喫茶店があるのだろうか?
ガラス戸が開く。
沖田に続き山崎もマンションの玄関をくぐった。
エレベーターに乗って着いたのは最上階。
向かった先はその階の一番奥の部屋。

「あの、沖田。此処に喫茶店があるのか?」

すると沖田は腹を抱えて笑い出した。

「あはははは!誰が喫茶店に行くって行った!?」
「え…」

沖田はまだ可笑しそうにクスクス笑いながらその部屋の玄関を開けた。

「さ、上がって。殺風景でな〜んにも無いけど」

言われて中に入る。
成程、家具は必要最小限に留められ、無駄が一つも無い。

「ほら、山崎君座って?」

勧められるまま高級そうなダイニングの椅子に座る。

「ここはあんたの家なのか?」

喫茶店ではないと言う事は、それしかないだろう。

「う〜ん、セカンドハウス、かな」

セカンドハウス?

「紅茶、何がいい?僕はアッサムが好きなんだけど」

そういわれても、紅茶の事に疎い俺には何のことかわからない。
沖田はお構いなしに戸棚からカップを三つ出して来た。

「僕はミルクたっぷりが好きなんだけど、山崎君は?」
「あ、お、俺はそのままで」

…完全に沖田のペースに嵌ってしまっていた。
二つのカップには紅茶のティーバッグ。
残りのカップには手馴れた手つきで緑茶を煎れた。

ガチャ

誰かが玄関の鍵を開ける音。

「あ、帰ってきた!」

沖田は顔をパッと上げ、目を輝かせながら玄関へと走って行った。

「お帰りなさい、土方さん」

山崎の体が固まった。

「なんだ、誰かきてんのか。斎藤か?」

「違いますよ。山崎君。ほら、今年度編入してきた」
「お前なー、勝手に人の家に他人上げるなよ」
「いいじゃないですか。あ、もうすぐアッサム切れそうなんで、またイギリスに住んでるお姉さんに言って送ってもらってくださいよ」
「お前な…」

二人がリビングに入ってくる。
山崎はどうしていいか分からない。
椅子に座って顔を二人に向け固まったままだ。

「おぅ、山崎。すまんな、総司が勝手な事したみたいで」

「沖田」ではなく「総司」と呼んだ…。
鬼の教頭と呼ばれ、担当教科の古典の授業も容赦ないと生徒から恐れられている土方が見せる穏やかな表情に、山崎は戸惑い…


気がついたら、家についていた。
確か沖田から

「紅茶が冷めちゃうよ」

と、言われた。
にっこり笑いながらも、土方に抱きついている姿が思い出された。
紅茶を一気飲みし、急いで立ち上がる。
ガタガタと椅子が乱暴な音を立てた。
勢いで椅子を倒したかもしれない。

「ししし、失礼します」

そう言って、カバンを手に取った。

「気をつけて帰れよ」

と、土方から声をかけてもらったような気がする。
玄関でもう一度振り向いたら、相変わらず土方には総司がひしっと抱きついていた…と思う。


山崎はその夜、眠ることが出来なかった。


次の日、意を決して保健室にいるだろう山南のもとへと向かった。
昨日の様子だと、山南は二人のことを知っているのかも知れない。
そこでまた山崎は愕然とさせられた。

「あの二人はですね、もう昔からそういう関係なんですよ」

「む、昔って…」

「そうですね…私が言っていいのか分かりませんけど…。まあ、あなたと私の間の話ということにして置いてください。
私と土方くんは高校そして大学の先輩後輩でしてね。私とここの校長の近藤さんとは同級生で…。
近藤さんと遠縁の沖田君がまだ幼稚園に入る前ぐらいの時からでしょうか。
近藤さんの所に良く遊びに来てたらしくてですね。
近藤さんの家はあの通りこの土地の名士ですから何かと忙しくて、家族で家を空けなくちゃいけないときは、よく土方君が沖田君の面倒を見ていたらしいんですよ。
で、まあ幼馴染以上の…関係になったんでしょうね…」

さらりと言う。

「あ、あの…でも…そんな…世間体というものが…その…教師が生徒と…PTAとか、教育委員会とか…」

それも男同士。

「あはははは、PTAですか!」

山南はおかしそうに笑う。

「大丈夫ですよ。PTA会長の芹沢さん、あの方もどちらかというとそっちのほうですから。ほら、一年の伊吹君。養護施設から引き取られたんですけどね、まあ実は同性愛の相手としてなんでしょう。教育委員会のほうにも顔が効きますんで、その辺は圧力なんだと思います」

頭が痛くなってきた。
そのあとも、音楽担当の伊東先生も実はゲイ。保健体育担当の原田先生は一年の雪村という女生徒と付き合っている。
などなど、山崎の知らなかったこの高校の実情を知ることとなった。
なんと言う高校に編入してしまったんだ。
スポーツ全般に力を入れているからということで、この土地に引っ越してくる際にこの高校を選んだというのに。

そして…

実は山南自身が影の実力者で、怪しいクスリの研究を進めているということを知るのは、もっと後のこととなった。

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