*2014新春企画 土沖福袋*

□流星の華
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薄桜学園推薦入試の日。

午前中の面接で土方との再会を果たした沖田は、泣いた跡の残る顔を隠しながら控えの教室に戻っていた。午後の実技試験までの1時間は昼食休憩になっている。それぞれが持参した弁当を出し、沖田もまた施設から持たされた弁当を机の上に広げていたが、先ほどの土方の言葉に胸がいっぱいで食欲は湧かなかった。

土方が自分の捜し求める薄桜鬼なる人物なのかどうか、確信は無かった。だが土方の内から自然と出てくる言葉はどれも沖田の耳に馴染み、彼は自分の捜す薄桜鬼ではないと、そう思うような決定的な違和感はどこにも感じられなかった。つまりそれと同時に自らの捜す相手を裏切ったという罪悪感も、なぜだか感じることが無かったのだ。



(僕の愛したあの人は、やっぱりここに、いた……………?)



二股に分かれた運命の道は、実は一つに繋がっていたのかもしれない。自分は例えどこに居ても、もしもここに入学しなかったとしても、来世を誓った相手には必ず巡り逢えていたのかもしれない。それはきっと土方が、同じように無意識のうちに自分を求めてくれていたからなのだと、どこかでそう思い始めている自分がいた。

土方一人を愛していくことに、もう一欠片の迷いすらも残ってはいなかった。土方が自分の捜す相手だと、無理に思いたいわけではない。ただ自分の身体の細胞の一つ一つまでもがあまりにも彼に馴染むのだ。それはもう、土方が誰なのか、薄桜鬼が誰なのか、そのどちらをも追求する必要がないくらいに。


「はじめくん一緒に弁当食べようぜ〜!」


入試とは思えない緊張感の無い声が聞こえ、顔を上げると背の小さな男子生徒が沖田の前に座る寡黙そうな藍色の髪の男子生徒にじゃれついているのが目に入る。他の生徒たちがちらりと迷惑そうな視線を送ってくることも構わず、その男子生徒は大声で喋り続けていた。

沖田が全く箸を動かしていないことに気付いた背の低い方の男子生徒は藍色の髪の生徒の向こうから首を伸ばして覗き込み、全くの初対面で存在すらも今日知った関係でありながら、沖田に向かって無遠慮に話しかけてきた。


「なぁ、弁当食わねぇの?次実技だからちゃんと食わねぇと腹減るぜ?」


それをちらりと見上げた藍色の髪の男子生徒は黙々と箸を進め、ペットボトルのお茶の蓋を開けながら抑えた声で言った。


「平助、いらぬ世話を焼くものではない」


その両方が沖田には腹立たしかった。構われることも敢えて構うなと言われることも、全員がライバルである入試という重大ミッションに置いてまでも気の抜けた馴れ合いを続ける彼ら自体、まさに今人生の転機を迎えている沖田には堪らなく鬱陶しく思えた。


「…………」

「なぁ、それ食わねぇの?」

「うるさいな」

「平助、やめておけ」


その会話の噛み合いが嫌だった。他人の世話を焼き合う余裕がある二人に苛立ち、周りはみんな知り合い同士の中で自分だけが孤立しているのだと突き付けられているようで、黙れと一言言おうと口を開きかけた時だった。その小さな男子生徒は席を立って沖田の机の脇にふいに回り込んできた。


「食わないならそのハンバーグもらっていいか!?」

「やめんか馬鹿者!!」


ハンバーグ、という単語を発する前には掴んでいたような気がする。しかも素手で。あまりの突飛な行動に沖田は唖然として目を見開いた。間髪入れずに振り向き蓋を閉めたばかりのペットボトルで彼を殴った藍色の髪の生徒からはどこか、土方と同じような空気を感じて沖田の胸中はざわめいた。


「……食べるもの恵んで欲しいならどうぞ全部持っていけば?その代わり構わないでくれるかな。僕は誰とも馴れ合うつもりなんかない」


冷え切った沖田の瞳に吸い寄せられたように、二人の生徒はしばらく黙って彼を見つめていた。背を丸め、俯いて座っていた沖田は起き上がって背凭れに背を預け、大きく音を立てて椅子を引くと身長の割りに長い脚を通路へと放り出した。

顎を上げた沖田から放たれる威圧感は、彼らが普段目にしている中学生の子供染みた粋がりとは明らかに異質だった。


「な、なんだよそんなに怒ることねぇだろ!?」

「怒らせて当然だと思うが」

「うっざ………」


沖田は面倒そうにぐるりと首を回すと二人に聞こえるように舌打ちをした。嫌な空気が立ち込める中、ガラリと開いた教室の戸に全員がそちらを振り返る。入って来たのは永倉で、彼は黒板の前まで来ると午後の実技試験の大まかな流れを白いチョークで大きく書き記した。


「実技試験は13時半からだ。すぐに動くと本領発揮できねぇからな。早めに食って腹休めておけよ!各自荷物を全て持って、時間厳守で体育館横の剣道場に集合だ。」

「はい!」


体育会系らしい返事を返すと受験生たちは全員私語をやめ、それからは昼食の終わった者から実技試験の会場へ向かうための準備を始めて各々が移動して行った。


案内された更衣室で剣道着に着替え、防具一式を持って剣道場へ整列する。そこには既に永倉と土方が立っており、真っ先に整列した生徒に土方は近づいて話し掛けた。


「久しぶりだな、この格好見んのは……。どうだ、腕は上がったか」

「は、精進しております。」


ちょうど更衣室から出た沖田は、既に続々と並び始めている受験生たちの頭越しに土方を見ていた。土方が微かに笑みを浮かべながら肩を叩いているのは、先ほど控え室で沖田の前に座っていた、藍色の髪の生徒だった。


「おっ、平助ー!こうして見ると若干背ぇ伸びたかー!?」

「ひっでぇよ新八せんせ!すっげぇ伸びてはいねぇけど若干とか言うなよな!」


数秒間、沖田は呆然とその様子を見つめていた。自分にはこれまで横の繋がりが全くなかったが、生徒同士もやはり見知った顔が多いのか笑い合っている者たちも見受けられた。土方と永倉は順番に全員に声を掛け、期待していると言って肩を叩いていた。

そんなことで寂しいと思う自分はどうかしていると思った。スポーツ推薦でのスカウトなど、ここにいる全員が同じように受けているのだ。永倉は自分以外にも皆平等に親身になって交渉し、土方もまたどの生徒とも面識があるに違いない。だが見ているとどうにもさっき絡んできた2人だけは、特別土方や永倉と親しそうに感じられた。


「沖田ー!早く並べー!」


永倉の声にハッとして駆け出し、防具と竹刀を持って列の端に整列する。自分から一番遠くに並んだ沖田の姿をちらりと見た土方は、特に笑うこともせずじっとこちらを見つめていた。


「50分まで身体解して、あったまったら総当り三本勝負でどんなもんか見せてくれ!まぁ負けたら落ちるってわけじゃねぇから緊張すんな!」


士気を上げるような明るい声でそう言った永倉の後ろに土方は下がり、それぞれが場内に散って柔軟を始める様子を腕を組んで見渡していた。土方にとって沖田の実力は言ってしまえばどうでも良く、全国レベルの他の受験者と比べて大して強くなかろうが、伸び代があるだとかなんだとか言って合格は決めてしまうつもりでいた。気になるのは他の生徒達で、中でもかつて土方に師事していた2人には特に注目していた。

しばらく各自で素振りなどをしている時だった。まだ防具を身につけない姿のまま、沖田は先ほどの背の小さな男子生徒の後ろへと歩いていった、


「ねぇ」

ドスッ

「がぁッ!!」


竹刀の先を思い切り脇腹に突き刺された男子生徒は、もんどり打って倒れ込むとしばらくジタバタとのたうち回った。それを無表情で見下ろす沖田は瞬きもせず、ただ自分の何かを脅かしそうな彼の存在に途轍もなく苛立って更に竹刀で背中を刺した。


「うがっ!!おまっ……おまえな!何すんだよいきなり!痛ぇじゃねぇかよ!!」


涙目で転がってからようやく起き上がった男子生徒は、飛び付くようにして沖田の胸倉に思い切り掴みかかった。慌てて駆け寄って来た永倉を無視し、沖田は胸倉を掴み返すと軽々と彼を持ち上げて額が付くほどに顔を近付ける。


「手合わせしようよ………君、土方さんと仲良しなんでしょ?」

「はぁ?」


挑発的な笑いを浮かべた沖田は目を細めると軽く額をぶつけ合わせ、それを擦るように頭を傾けて男子生徒を煽り上げた。負けじと押し返す男子生徒もなかなかの馬鹿力で、やめろと割って入った永倉によってやっとのことで2人は距離を取った。

それを見ていた土方は、壁際に立ったまま目を丸くしていた。あの穏やかな沖田がまさかそんな行動を取るとは思ってもみなかった。やれやれと振り返りながら隣にやってきた永倉に、土方は小さな声で耳打ちした。


「平助の奴、何かしたのか?総司があんなんなることねぇだろ」


すると永倉は頭を掻いて意外そうな顔をしながら土方に耳打ちをし返した。


「んなことねぇよ。大会ん時もあんなんだったぜ?顧問にすげぇ食ってかかって、大将にもケンカ売って……まぁありゃ八百長強要されてたっぽかったけどな。」

「八百長?」

「後から知ったんだけどよ、あん時は勝ち抜き戦で、大将が顧問の息子だったんだ。たぶん沖田が真面目にやると勝ち抜いちまうから、今思えばわざと負けて大将に回せって言われてたんじゃねぇかな」


沖田の通う中学の剣道部は弱小だった。その時の大会で、次に当たる可能性のある学校はどこも強豪校で、唯一勝てる可能性があるとすればその初戦のみだったのだろう。もうすぐ卒業する我が子に大将を任せ、試合に勝たせて花を持たせたいというのが顧問の意向だったように思えた。かなり無茶を通すやり方をするとは永倉も聞いていた。


「………それで、総司はわざと負けたのか」

「ああ……負けてすぐ、真っ二つに竹刀折って出て行っちまった。施設職員の話でも、強く出てくる親がいねぇから学校でもなんだかんだよくねぇ扱い受けてるらしいって聞いたぜ」


眉間に深く皺を寄せ、永倉と2人顔を見合わせたその時だった。

竹刀のぶつかり合うけたたましい音が響き、踏み込みの振動を感じて土方はハッと目を見開いた。顔を向けた先では収まったはずの火種が再燃したのか沖田とあの男子生徒が激しく打ち合っており、永倉が駆け付けるよりも早く男子生徒は弾き飛ばされ道場の床に思い切り身体を打ち付けていた。


「おまえらやめろ!!何やってんだ沖田!!平助、だいじょぶか!?」

「……ってぇ……!なんなのこいつ!マジでなんなの!?なんかわかんねぇけどすっげ強ぇし……」


平助と呼ばれた生徒が起こそうとする上半身を支えながら永倉は床に膝をつき、息を吐く間も無く再び響き始めた打ち合いの音に勢い良く振り返って呆然とした。今度は沖田があの藍色の髪の男子生徒に容赦無く襲いかかっていたからだ。


「おいおいおい!!土方さん何してんだ止めてくれよ!!防具着けてねぇんだぞ!?」


他の受験生たちがその場から後ずさり、打ち合えるだけのスペースを開けて行く。土方はただ黙ってその開けた先を見つめ、興味深そうにゆっくりと顔を傾けながら沖田の様子を観察していた。


「沖田!斎藤!!やめろ!!」

「痛ってぇー!!新八せんせひでぇ!!」


あまりの激しさに困惑し、永倉が抱えていた男子生徒を放り出して沖田の元に駆け寄った。しかし生身の人間が飛び込むには2人の剣幕はあまりにも恐ろしく、それはまさに何年も中高生を指導して来た永倉が度肝を抜かれるほどに凄まじかった。


「おま、おまえらやめ」

「そこまで!!」


よく通る声が響き、嘘のように2人の動きが止まった。肩で息をする沖田と斎藤と呼ばれた生徒の2人はいつまでも間近で睨み合い、一触即発の空気はしばらくのあいだ消えることはなかった。
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