*2014新春企画 土沖福袋*

□特別な1日…?
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今日は女の子にとって1年の中でも特に特別な日、バレンタイン。もちろん、男の僕にだって特別だ。チョコをもらったことなんて数え切れないからそんなに意味はないけど、貰えるものなら貰えたほうがやっぱり嬉しいよね。僕、甘い物は好きな方だし。

今日の放課後はクラスの友達とカラオケ行って馬鹿騒ぎでもしながらチョコを貰った数を競ったり、本命からチョコ貰えなかった子をからかったりして楽しく過ごす予定だったんだよ、本当は。

もう授業もとっくに終わり、バレンタインといえど校舎に人の気配が少なくなってきた時間だ。なのになんで僕はこんなとこにいなくちゃいけないんだろう。思いだしたらむかむかしてきたけど、さっさと用事を終わらせたくて、ここにも探している人物がいなければもう帰ってしまおうかと考えながら屋上のドアに手をかける。

「…土方せんせ、いますか?」
ドアを開けると夕焼けに染まる空を背景に整った顔立ちをしながらも険しい表情の教師がフェンスに寄りかかりながら煙草を吸っていた。

「…総司か。わりぃ、待たせちまったな。」
僕に気付くと一瞬柔らかな表情になったが、ふと時計に目を落とし、申し訳なさそうに眉をひそめる。

「いったいどれだけ探したと思ってるんですか。」

「呼び出したのにほんとすまねぇな。」
そう言いながら床にぐしゃっと煙草の火を押し付けた。

聞けばチョコを渡しにきた女子生徒から逃れるため、わざわざ立ち入り禁止の屋上まできたという。
何それ。ほんとむかつくよね。男子高校生の貴重な時間を奪っておいて自慢?

確かに黙ってれば顔は綺麗で整っているし、仕事も教頭職と古典の授業も受け持っていて誰より多忙なのに授業も一切手抜きはしないし、生徒の相談事にも親身になって聞いてくれるって噂だけど、ほんといちいちうるさいし口は悪いし真面目な堅物だし、女の子たちってほんっと見る目ない。

…なんでこんなことになったかっていうと今日に限って僕が宿題のプリントを家に置き忘れてきたからなんだけどさ。

でもね、今日はいつもと違って本当に宿題をやってきていたんだ。せっかくのバレンタインだし、クラスの子と遊び行く約束もしていたしね。
いつもは何となく気に食わない古典の先生に嫌がらせするため、わざとサボったり、忘れ物したりすることもあるけど。

バレンタインだからって油断していた。いつもはあの人を困らせるためにわざと間に合うかどうかの遅刻ギリギリの時間に到着できるよう調節しているんだけど、クラスの女子にチョコを渡したいから早めに来るように頼まれていつもより10分くらい早く登校したんだ。

 学校着くなり僕は女の子たちに囲まれちゃって、僕としたことが1限に古典の授業があることなんてすっかり忘れていた。ホームルームを知らせるチャイムが鳴り急病になったという担任に代わってあの人が入ってきたとき、嫌な予感がしたんだ。

「おい、お前らバレンタインだからって浮かれてんじゃねぇぞ。早く席着け。」

相変わらずの口の悪さと、予想外の人物にびっくりしたのとで顔をあげると、向こうもこちらを見ていたようで目と目が合う。

「おい、沖田。今日は遅刻しなかったんだな。せっかく間に合ったんだから今日はサボるなよ。」

ふと、にやりと顔が歪んだ気がした。

まだ呆気にとられていて、教室に立ち尽くしたままの僕の方へと近寄ってくる。

「このチョコは俺が預かっておく。きちんと出席したら返してやるよ。」

立ち尽くした僕の手からチョコの山を奪うのは簡単で、そのまま簡単な連絡事項を告げてホームルームが終わった。

ちょっと横暴すぎるよね?チョコくれた女の子は泣きそうだし、周りの友達には日頃の行いが悪いからだ、なんて野次られるし朝から最悪な気分だよ。

それで出席したらさ、宿題忘れたなら放課後補習に来いだって。必死に忘れただけって主張したけどどうせサボる気だったんだろ?って言われてむかっとした。ほんと、ぜんぜん僕のことわかってない!

普段から嫌がらせはしてきたけどさ、わざわざ自分が損してこんな日まで嫌がらせなんかしないっての!

「バレンタインだからって容赦しないからな。補習に来なきゃチョコは返さないし宿題と補習ももっと増やすぞ。」

…なんて言われたら行くしかないじゃないか。ほんとはチョコなんてどうでもよかったけど、一応表面的には女の子には優しくしているつもりだし、友達にもチョコ返してもらった証拠がなくちゃ遊びに入れてやらないからな、なんて釘を刺されてしまったし。

せっかくのバレンタインなのにあの人のせいで最悪の1日になってしまった。



朝からの出来事を思い出したらイライラが益々ぶり返してきた。

「僕はあなたの自慢を聞くためにわざわざ探しにきたんじゃありませんよ。もう女の子たちもほとんど残ってないですし、早く帰りたいのでさっさと補習してください。」

申し訳なさそうにしている顔を見ながらさんざん嫌味言って困らせてやろう、なんて考えていたら予想外の返事が返ってきた。

「…今日は補習はなしでいい。その代り、これに懲りたらちゃんと授業出ろよな。」

「は?」

何言っちゃってんだろこの人?僕がいったいどのくらい探したと思ってるの?

僕が思いっきり顔をしかめて文句を言おうとすると、それを遮るように喋りだした。

「お前今日は本当に宿題やってきてたんだろ?入学した時から問題ばっかり起こすお前を追ってたんだ。それぐらいお前の態度見てたらわかる。」

じゃあ、なんで?と問う表情が思わず出てしまっていたようで、そのまま話が続けられる。

「お前、今日出ないと出席日数ギリギリだったろ。おせっかいかもしれないが、ああでもしないと今日は何が何でもサボりそうだったからな。」
 
うぅ。…確かに。出席日数がギリギリだったのは事実だ。だから今日に限って嫌がらせかのように無駄に量のある宿題を終わらせたんだ。

「お前が本当は古典が出来ないわけじゃないのはわかっている。とりあえず、寝ててもいいから授業はしっかり出ろよ?」
その代り、寝かせないよう集中的に当ててやるけどな、なんて言いながらにやりと笑う。

この人は僕のためにわざわざ憎まれ役になってくれたのかと思うと、ちょっとは優しいところもあるんじゃないかと気を許してしまいそうになった。

でも、それを悟られたくなくてわざと悪態をつきながら、
「そんなこと言われなくてもわかっています。お説教終わったんなら僕はもう帰りますっ。」
と声を絞り出す。

「ちょっと待て総司。ほら、これやるよ。」
ドアに向かおうとして半身になった僕にぽん、と投げるように渡されたのは薄紫の包装紙に小ぶりのリボンがついた、綺麗にラッピングされた小さな包みだった。

「え…?」

「知り合いの店の菓子なんだけどな、美味いって評判らしいから、お前のために買ってきた。甘いもん好きだろ?」

そりゃ、好きだけどさ。予想外の相手から予想外のタイミングで渡されても内心複雑だ。

意図が分からず呆気にとられていると、

「…せっかくのバレンタインなのに帰りが遅くなっちまって悪かったな。これはその礼だ。」
とふいに近寄ってきて、頭に手のひらをぽん、と置かれそのままぐしゃぐしゃと撫でつけられる。

子どもじゃないんだからやめてくださいよ、と抵抗するけども触られた手のひらには前ほどの嫌悪感はない。むしろ、あったかくてちょっと心地いいなと思ってしまう自分がいた。

少しほぐれてしまった表情を見られてしまったようで、向かい合う顔も優しげになり、どきりとする。ふと先生の顔が耳元にすっと近付き、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でぼそっと呟かれた。

「…ずっとお前のこと見てきたんだからな。返事待ってるぞ。」

そう言ってこちらを振り向かず、気を付けて帰れよ。なんて言いながら屋上に僕を取り残して出て行ってしまったが、体を翻す時に一瞬伺えた表情はほんのり赤くなっているように見えた。



どうやって駅まで着いたか覚えていない僕の手に握られているケータイには、クラスの子から『補習終わったら連絡しろよ』なんてメールが届いていたけど、今日はなんだか考えることがいっぱいでとてもじゃないけど行けそうにない。

そういえば、補習の1番の目的だったはずの、女の子からもらったチョコを返してもらうのを忘れていたな…なんて思いながら、適当に断りのメールを返す。

鞄に大切にしまった包みに目を落としながら、甘いものが苦手そうな大嫌いだったはずのあの人の顔を思い浮かべる。仕返しにホワイトデーにはとびきり甘いチョコでも渡そうかな、なんて考えながらふと口元が緩んでしまった。


おわり

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