*2014新春企画 土沖福袋*
□小正月
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土方達が年明けに下坂して半月弱。屯所へ帰営出来たのは小正月――15日のことだった。
同行し警護に当たっていた平隊士が今朝から口に出来たのは、振舞われた小豆粥一杯のみ。
早く温かい物で腹を満たしたいのだろう、当番の隊士達が夕餉支度に勝手場へ駆けてゆく。
家に帰ってきたような明るい笑い声が響き、屯所は再び賑やかさと騒々しさに包まれた。
戻ってきた隊士らとすれ違って廊下を進む総司の腕には、木槌と盥が抱えられていた。中には鏡餅が鎮座している。
下坂した者達の帰還を待とうと鏡開きは見送り、今日まで取り置いていたのだ。
それを木槌で砕き、夕餉の席で皆と分けて食そうという腹積もりだった。
鏡餅には総司にとって大切な思い出がある。
ごく幼い頃、餅をついた後の臼にほんの僅かへばりついたのを掻き集めて小さく丸め、口に放り込んでくれた母の、唇に触れた指先の感触。
餅も母の指先も、温かかった。
今では薄くぼやけてしまった母の記憶の中で、その指の感触だけは鮮明に覚えている。
ほおばった餅は滑らかで柔らかく、ほんのりと甘みがあって、いつまでも食んでいたかった。
まだ喧騒の治まらぬ表から廊下を巡り、人気のない所まで来て盥を置くと、総司は襖に向かって声を掛けた。
「土方さん、今大丈夫ですか」
「総司か。入れ」
出来るだけ寒気が入り込まないよう細く開けた襖から身体を滑り込ませ、餅も中に入れて再び部屋を閉め切る。
振り返ると土方は普段履きの袴へと着替え、紐を締め直していた。盥の中を見て顔をしかめている。
「ここで割るつもりじゃねぇだろうな」
「だって勝手場は今夕餉の支度で混んでるし、外は寒いじゃないですか」
「隊士に任せりゃいいだろ。どうせ汁に入れなきゃ固くて食えねぇんだから」
「一度やってみたかったんです」
「だったらてめぇの部屋でやりやがれ。……ったくしょうがねぇな。おい、ちゃんと人数に当たるよう細かく割れよ」
肩の凝りを解すように首を二遍ほど回した土方は、盥に座布団を当ててその前に座った総司を見下ろし、息をついた。
大きな体を前屈みにしてコンコンと小気味よく固い餅を割り始めた総司の顔はどこか楽しげで、釣られて口元が緩む。
「道場の神棚に祀ってたのを割るのは、近藤さんの仕事だったな」
「ですね。あの人はこういうの好きだから。……まだ一年経ってないのか。今年の正月をここでこんな形で迎えるなんて、まさかもまさかですよ」
「同感だ。それにしても慌しい正月だった」
疲れと山積する問題をひとまず横へ置き、考えてどうなるものでもない事に煩うよりは帰参して広がった安堵感に浸りたかった。
総司の前に同じように胡坐に腰を下ろし、くずかごを手繰り寄せてその上で砕かれた餅のかびの生えた所をカリカリと削り落とす。
「かご、かびちゃいますよ」
「すぐ捨てりゃ平気だろ」
「クスクス、雑だなぁ」
他愛のない会話にゆるゆると疲れが抜けてゆく。
ひょっとしたら総司は戻ってすぐ仕事に取り掛かろうとしただろう俺に、こういう何も考えなくていい一時を、と思って来たんじゃなかろうか。
昔はふご一杯の豆を剥いたり藁を縒ったり、いくらでもこんな作業をしたもんだ。
気まぐれか気遣いか判別の付かない総司の振る舞いに内心で苦笑しながらも、木槌の音が止むまでほんのひと時、しばらくぶりの穏やかさに浸った。
土方が夕餉の席で汁碗を手に取ると、さきほど砕いた餅がひと欠片沈んでいた。
「ちゃんと人数に行き渡りましたよ」
問いかけを先取りして総司が答える。分かってますってば、と言いたげな顔つきだ。
「総司のやつがよ、土方さん達が帰るまで鏡餅は置いとこうって言ったんだ」
永倉が面白そうに片眉を上げてばらした。
照れくさくなったのか、総司は肩をすくめてでも一言、
「皆で食べたかったんです。今年も」
と胸のうちを明かした。
場所が変わって時が移っても。上京当初と立場や情勢が変わっていく中でも。
一つの鏡餅を分け合って食んだあの頃と、同じままに。
その場に居た皆の表情に、微かな笑みが浮かんだ。