*2014新春企画 土沖福袋*

□私を抱いてそしてキスして
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「総司」

低く名前を呼ばれて、僕は震えた。
一体どうしてこうなってしまったのだろう。
















私を抱いてそしてキスして
〜幕末・春〜


















土方さんを酔い潰そうって誰かが言った。誰が言い出したかなんて忘れた。それぐらい今夜はみんなが高揚していた。池田屋事件の報奨金がたんまりと出て、今夜は島原で無礼講ということになっていた。幹部連中はお気に入りの遊女を侍らせ、平隊士は滅多に来られない華やかな座敷にすっかり舞い上がっている様子だった。当然だ。彼らの給金で太夫を拝めるなんて普段ならあり得ないからね。近藤さんと土方さんが互いの労をねぎらいながら盃を傾けている。二人とも酒は強くないと言うかむしろ激弱なのに、飲まずにはいられないぐらい嬉しいのだろう。はじめ君はそんな二人の姿を肴にしっぽりと飲んでいる。左之さんと新八さんと平助は相変わらずで、この中で誰が一番いい男かと馴染みの遊女に詰め寄り困らせていた。山南さんと山崎君は何やら密談中。こんな日ぐらい仕事のことは忘れたらいいのに真面目もここまで来ると病気だよ。山南さんも気の毒に。
賑やかに穏やかに時間は流れて、近藤さんの提案で自然解散の流れになった。このままここで飲むのもよし、合意に取り付けられたなら刹那の快楽を求めるもよし、朝の早いものは屯所に帰るもよし。さて僕はどうしようかと盃に残っていた酒をぐいと煽った。そんなときに誰かが言ったんだ。「土方さんてべろべろになるとどうなるのかな」って。やめなよ、酔わせて誰が得するのさ、って僕は言った。「面白そうだから見てみたいじゃん」そう言ったのは平助だったか。そうしたら回りにいた人がみんな同時に頷いた。確かに土方さんが酒で正体不明になるところを僕は見たことがなかった。土方さんはちゃんと自分の飲める量をわきまえている。その上でそれをきちんと守って飲む人だ。(ちなみに土方さんの酒量はお銚子一本程度が限界だ。)何かあっても酒に逃げる人じゃないし、そもそも酒を道具に出来るのは酒に強い人だけだろう。
土方さんの酔いっぷりが気になるのは皆同じらしく、平助を筆頭にして順番に土方さんに酌をしに行き始めた。なんてこと。土方さんの醜態を見たい輩がこんなにいるなんて。近藤さんが止めるだろうと思っていたら、近藤さんは既に太夫と別室に消えていた。早い。さすが近藤さんだ。ならばはじめ君は?と首を回せば、はじめ君は何やら刀の話を壁としていた。………余程美味しいお酒だったのだろう。ダメだ。はじめ君は完全に出来上がっている。使い物にならない。こうなってしまったらもうこの状況を止められる人はいない。山崎君の控えめな制止の言葉など聞いている者はいないし、山南さんも意外と遊び心のある人だから、ニコニコして事の成り行きを眺めている。………そうと来たら僕も楽しまなきゃ。土方さんで遊ぶのは僕の生き甲斐だからね。「土方さんどうぞ」僕はいそいそと立ち膝で歩いて土方さんの隣に陣取った。「あーもう飲めねえぞ…」「大丈夫大丈夫。土方さんは強いんですから」僕は笑いながら溢れるほど注いでやった。「………そうだ。俺は日野で一番のバラガキだからな、どんな勝負も負けねぇ!」土方さんは一気に酒を流し込むと、タンっと音を立てて盃を置き、白い手の甲で口元をぬぐった。「うわあ、お見事。いい飲みっぷり!」やんややんやと喝采が沸く。「副長。私のも召し上がってください」「私のも」「ならば私も」いつの間にか、土方さんに御酌をしたい隊士が列になっていた。驚いた。みんな土方さんで遊びたいか、はたまた副長に取り入りたいのかと僕は訝しげに見ていたけど、でもそうじゃない。土方さんを慕っているんだ、こんなにも。みんな土方さんを慕っている。何か僕は複雑な気分だった。この人必死で鬼になろうとしてるのに………慕われてたらダメでしょ……

「ほら、土方さん。しっかり歩いて!」

やれやれ。結局こうなるのか………
あれからしこたま飲まされた土方さんがどうなったのかなんてとても僕の口から言えない。押入れを厠と間違えて用を足そうとして慌てて厠に引き摺って行ったこととか、いきなり大声で豊玉発句集を朗読し始めた挙げ句に一人ずつ並ばせて感想を言わせたこととか、とても僕の口からは言えないよ。わかったのは土方さんを泥酔させちゃいけないって事だけだ。潰れて寝てくれるなら可愛いのにね。こんな迷惑かける酔い方するなんて僕も知らなかったよ。

「総司ー」
「はいはい、わかったから」

左之さんと新八さんと平助は二軒目に行っちゃったし、はじめ君はいきなりしゃきんとして「明日は朝の巡察の故、これで失礼する」なんて言いながらさっさと帰ってしまったと言えば聞こえがいいけど、山崎君に「斎藤組長!そちらはドブです!」と店を出たところで腕を掴まれて連れて行かれた。山南さんは「調べたいことがあるのでもう少しここで飲んでいきます」と眼鏡をキラリと光らせていたっけ。
で、土方さんのお守りをするのが僕しかいなくなったってわけ。

取り敢えず土方さんは起きてるから、僕は土方さんの腕を握って屯所までの道を歩いた。土方さんは時折大声で言葉にならない言葉を叫び、道端で見かけた野良猫にちょっかいを出し、月がきれいだから一句詠みたいと立ち止まり、「総司!金平糖買ってやる」とか言い出してとっくに閉まっている菓子問屋の大戸を叩こうとしたりした。………疲れた。何なのこの手のかかる酔っ払い。

「総司ー!」
「はいはい!今度は何!?」

もう何度目かに袖を引かれて僕は辟易した。僕だって飲んでるんだ。せっかくいい感じに酔っていたのに、その余韻に浸るどころかこの仕打ちって………

「あそこ寄るぞ!!」
「えー、どこですか……」

土方さんに逆に腕を取られて引きずられて行った僕はぎょっとした。

「え、ちょ、ちょっと土方さん!」

ずんずん歩く土方さんは躊躇わずにその店に入った。

「土方さん!待って!ちょ、ここって」
「わかってるよ」
「えー!」

あれよあれよと言う間に僕は土方さんに引き摺り込まれてしまった。
こともあろうか出会茶屋の一室に。
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