01/13の日記

09:00
SSL土沖成人式
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僕は今日、成人式を迎えた。いつの間にか僕は、知らない間に大人になっていたらしい。20年生きた人生の中で、唯一恋をした思い出は、高校の時の………ある、先生で。人間不信を自分の代名詞だと思っていた僕は、偽善者ぶったようなあの人が気に入らなくて、とにかく滅茶苦茶に反抗し続けていた。

逃げても逃げても追ってくる真っ直ぐなあの人に裏表なんかないことに気付いたのは、素直に話なんてできない関係が確立されたずっと後で。あの人の顔が見えないと寂しいとか、声が聞こえないと落ち着かないとか、毎日探し回る自分が恋をしているだなんて、自覚した時にはもう、やり直しがきかなくて。

卒業式の日もみんなと同じに、普通にさよならをした。二度と会わないんだと思うと寂しかったけれど、会わなければきっとこの想いも、綺麗なままでそのうち薄れていくんだろうと思うことにした。人間不信を卒業した僕には、きっと新しい出会いがあると思ったから。あの人のおかげで、卒業…できたから。

高校の時に仲の良かった子達はみんな違う大学に行った。式典会場で会った斎藤くんは僕を見つけるとすぐにやって来て、久しぶりと笑う彼は僕とは違って少し大人びて見えた。「総司ィ!はじめくん元気かー!!」「痛ったッ…平助!」後ろからタックルを食らわせてきたこっちは何も変わってないみたいだ。

会場のあちこちで連絡先の交換が行われ、式典もそこそこに二次会の計画が持ち上がる。中学高校どちらの同窓生からも誘われたけれど「俺はぱっつぁんと左之先生に顔出せって言われてるからさー」平助の一言で僕の心臓は跳ねた。斎藤くんも平助と一緒に行くと言い、僕は仕方なく……僕も行くよと答えた。

夕方もまだ早い時間、数年ぶりの母校の門をくぐる。スーツ姿の男が3人、並んで職員用玄関を入り、来賓用のスリッパを借りて職員室のドアを叩く。「おっ、平助ー!なんだおまえ袴じゃねぇのかよー!!」卒業してからもよく会っていたらしい左之先生と新八先生が勢いよく出てきて平助の頭を撫で回した。

「総司!おまえも来てくれたのか…!!」そう言って飛び出してきたのは近藤さんで、道場に挨拶に行っていたら行き違いになっていたなとホッとした。「お久しぶりです、土方先生」「おう、よく来たな。似合うじゃねぇか」近藤さんの向こうで聞こえるのは斎藤くんの声。それと……懐かしい、あの人の声。

島田さんや源さんも来て、山南先生が写真を撮ってくれたりして、わいわい騒いでいる間も僕はあの人を見ることができなかった。胸が痛くて……どうしようもなく恋しくて、ちっとも忘れることなんか、できてないって気付いてしまってまともに顔を見ながらなんて、今更ちゃんと話せそうになかった。

成人祝いに居酒屋を予約してくれ、近藤さん持ちでみんなで飲みに行くことになった。着いた早々騒がしく端から詰めて座り始め、土方先生も続いてテーブルの奥に座った。行かなくちゃ……!そう思って急いで靴を脱いだ。近藤さんより斎藤くんより早く、座らなきゃ……!平静を装って、僕は隣に陣取った。

とりあえず人数分のビールがやってきて、おしぼりで顔を拭いていた新八先生が真っ先にジョッキを持ち上げた。「それでは可愛い教え子の成人を祝って!」「カンパーイ!!」ガチャンガチャンと音を立て、遠くの人とも身を乗り出して派手にジョッキをぶつけ合う。お酒が初めての僕は、一口飲んで吹いた。

「不っ味…!」「あーあー大丈夫か?」みんなに笑われながらおしぼりでスーツを拭こうとすると、右から伸びた手がそれを遮りハンカチで溢れたビールを拭かれた。「おしぼりで拭くと染みになるぞ」固まった僕に構うことなく土方先生はハンカチをしまい、何事もなかったかのようにみんなに向き直った。

あーあ……成人なんて言って、どうせ僕は全然成長してないと思われた。どうにかこのジョッキだけは空けないといけないし、ふてくされながらも運ばれてきた枝豆を食べながらチビチビとビールを飲んでいた。すると次第にトイレに行きたくなって、仕方がないので席を立つ。なんかもう僕ほんとカッコ悪い…

自分に呆れながらもトイレで髪を直し、それでも好きな人の隣に座れたんだしといいところに目を向けて御座敷に戻る。閉められた襖の向こうは相変わらず騒がしくて、左之先生と新八先生の言葉に僕は硬直した。「あんたの3年も無駄じゃなかったみてぇだな」「とにかく総司総司だったもんなぁ土方さん」

待って待って待って、いや変な意味じゃないに決まってる。一人動転していると、妙に冷静な土方先生の声が聞こえた。「あいつに教師と認めて貰えたなら、こんな嬉しいことはねぇよ」「わざわざ隣に座るくらいには、懐かれたってことだよな」その会話にホッとしたのも本当だけど、何かにすごく落胆した。

何食わぬ顔で席に戻り、ビールを飲み干してジョッキを置く。その右手をストンと畳に下ろしたら、何か温かいものに触れた。あっ…え、これってもしかして……視線だけを動かすと、土方先生の左手はテーブルの上になかった。どうしよう、慌てて離したらおかしいよね、ていうか何より、離したく……ない。

ああ…動悸がする。動けない。あの牛スジ美味しそうだけど今は無理!お箸を使うものは今ちょっと右手が忙しくて食べられそうにない…!そう思っていたら左之先生が土方先生に言った。「土方さん牛スジ来てるぜ。あんたが頼んだんだろ?」あの人はふかしていたタバコを消すと「あぁ」と生返事を返した。

土方先生の左手はぴくりとも動かない。僕もまたぴくりとも右手を動かすことができない。だって動かしたら気付かれて、手を退けられてしまうかもしれない。「総司!おでん食べるだろう!」「あっ…あの僕その…串に刺さってるやつください!」今はとにかく左手一本で違和感なく食べられるやつを……!!

何故だろう、土方先生はいつまで経っても牛スジに手を出さなかった。僕みたいにのらりくらり、つまみはするのにちゃんとは食べない。そのうち左之先生が「総司、土方さんの分よそってやれよ」と言い、えーっと思いながらも渋々右手を出そうとした、ら。「いや…いい」そう言ってあの人は左手を上げた。

取り分け用の器を持って自分と僕の分を取り、それぞれの前に置くと土方先生の左手はまた畳の上に降りた。あの人は終始無言だったけれど、それがまたぴくりとも動かないので僕もまた牛スジを食べてから右手を畳に下ろした。笑った勢いのふりしてトンとぶつけてみる。あの人の手はやっぱり逃げなかった。

結局何も話さないままお開きになってしまった。タクシーに分乗し、また集まろうと約束してみんなが次々帰って行く。最後に残ったあの人と僕は、白い息が消えて行くのをただ見つめていた。「…立派になったな」「あなたに褒められたくなんかありません」つい言ってしまったのは……ただの、条件反射だ。

即座に後悔して俯いた僕に、あの人は小さく笑ってこう言った。「相変わらずで安心した。さっきまであんまり大人しいから、俺のことなんざ忘れちまったのかと思った」そんな、忘れられるはず……!言い訳も見つからずに顔を上げた瞬間、予約のライトを点けたタクシーが目の前に滑り込んできてしまった。

先に乗り込んだあの人の手は、さっきと同じようにシートに置かれていて、狭い車内で置いた手は、さっきよりも重なった。ものすごくドキドキする。土方先生が行き先を告げ、僕の家に向かってタクシーが走り始める。微かに手繰り寄せられた指が、指先で交差した。これってもしかして…手を握られてる…?

近くだからと言って、僕の家の前であの人も車を降りた。タクシー代も出してくれて、ここぞとばかりに御礼を言った。そんなきっかけがないと素直になれないなんて情けない。別れがたくて部屋に入れずにいる僕と、なぜかポケットに手を突っ込んだままのあの人は、目も合わせずに黙って向かい合っていた。

連絡先、聞くくらいダメかな…おかしいか、僕がそんなの…。深夜の路地で黙り込んでいると、顔を上げたあの人が真っ直ぐに僕を見て言った。「今度、2人で会わねぇか」驚いて僕もあの人を見た。「なんで2人…みんなでまた集まろうってさっき…」素直にはいと言えない性を、これほど憎んだことはない。

もうだめだ。あーもうだめだ帰ってしまう。内心頭を抱えたけれど、予想に反してあの人は引かなかった。「……2人で。」もう一度繰り返されて気付く。在学中もいつもこうして、引き下がらないこの人に救われて来たんだった。僕が好きになったのは、諦めない、こういうとこ……。どうしよう、なんか……

「変な意味に、聞こえるんですけど…」こんな返しをするバカがあるか…!内心更にのたうち回り、耐え切れず片手で顔を隠す。けれどその手はすぐに捕まれ、間近で顔を覗き込まれて息を飲んだ。「おまえの思う通りの意味だ」ああもう、頑張れ僕、素直に、ちゃんと素直にならないともう、終わっちゃう!!

「変な意味なら、いいです、けど…」「……」「…なんですか、嫌なら別に僕は」掴まれた手を振りほどき、睨み返してみるけどなんかおかしい。明らかに動転している僕を見て、土方先生は笑った。「そうか……変わんねぇな、おまえは」そう言って取り出されたスマホは、ずっと握っていたのか温かかった。

連絡先を交換して、予定は今度決めようと約束して、じゃあまた。そう言った。これってもう付き合ってるの?それともまだその前の段階?自宅へと歩き出した土方先生を見送りながら、モヤモヤした気分に襲われる。部屋に入るとさらにモヤモヤしてきて、酔いに任せて早速あの人にメールを打ってみた。

『僕たちってもう付き合ってるんですか?』数分経たずに返ってきたメールにはこう書かれていた。『次に会う時に口説き落とす予定だ。首を洗って待っていやがれ』あまりにもあの人らしくて僕は転げ回った。『それと、日曜空いてるか?』「気ィ短かっ!」相変わらずの短気っぷりに、僕は更に笑い転げた。

『おやすみ。風邪引くなよ』そう続けられたメールを保護なんてしてみる。なかなか素直になれないけれど、今なら口に出せそうな気がする。「ずっと……あなたのことが好きでした。」ぽつり呟いた告白が、あの人の耳に届く日が来るのはまだ少し先だろうけど。

終わり

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