04/26の日記

23:37
愛より出でて
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追いかけたのは背中だった。手を伸ばしても掴んでも、あの人が見るのはいつだって僕ではなかった。離されて追いかけてまた引き離されて……それでも近藤さんのために生きる、それだけは二人同じだと、僕はただの一度だって疑うことなくそう信じていた。……あの人が、近藤さんを見捨てるまでは。

気が狂いそうだった。抑え込もうとしていた羅刹の血が、僕の身体よりも深くまるで生きもののように赤黒く広がって心を取り込んでいく。怒り、憎しみ、失望……力の入らなかった手が震え、勢いよく掴み切り落としたのは背中まで伸びた自分の長い髪だった。憧れて、髷さえ真似た近藤さんは、もういない。

追ってこいと、そう書いた文のようにあの人が残した陣羽織をぐしゃと握り締める。今あの人は怯えているのだろうか。自らを討ちに僕が、自分の与えた衣を纏い地を蹴る頃だと想像して。ならば往こう。もしも最後の戦いがあの人との果し合いになるとしても、それはそれで宿命なのだ。僕と、あの人との。

獣のように地を這いずり、血反吐の轍をつくりながら僕はあの人を追った。会ってどうなるものだろうか、そんなことはわからなくとも、僕は行かなきゃならなかった。信じていたから……あの人なら必ず近藤さんを護り抜いてくれると微塵も疑わなかったから、それを責めずして僕らは終わることは出来ない。

会津で追い付いた僕に、まるで幽霊でも見るような目を向けあの人は立ち尽くしていた。満身創痍の、窶れ切った姿。とても戦えなどしない状態なのは一目瞭然だった。護衛にもならない女の子を連れ……寝間着姿で匿われ。どちらが預かっているのかわかったもんじゃない。情けなくてあの人の胸ぐらを掴む。

「あんたがついていながら、どうして近藤さんは死んだんだ……!どうして見捨てた!!」あの人は、俯いて目を閉じた。殴れと言われているようで、思わず拳を振り上げる。止めに入ろうとする千鶴ちゃんを片手で制し「気の済むようにさせてやってくれ……」静かな声でそう言われて僕の心はすっと冷えた。

怒りに震える僕の目は、赤く染まっていただろう。湯気の立ち上る短い髪は、白く逆立っていただろう。痩せ衰えたこの僕よりも小さく見えるその人は、今日という日に殴り殺される覚悟をとうに決めていたのかもしれない。「土方さんならできたはずだ……」消え入りそうに呟いて、あの人の肩を一つ殴った。

さようならも言わなかった。街道から外れた木の根元に凭れ、呆然と月明かりを見上げてみる。月のような人だった。近藤さんという陽の光を受け、静かに輝くその姿は誰をも魅了して止まなかった。彼に必要だったのは、御日様の光だけ……僕のような路傍の石などいくら研いたところで光など放たないのだ。

「最後まであなたは、僕さえいればと責めてはくれなかった…。」目を閉じ頬を寄せた木の肌は、残り少ない体温を吸い取り奪っていく。「僕さえいれば護れたのにって、罵ってもくれなかった……!」悔しさに殴った幹は、あの人の肩のように何の反応も返さなかった。先に裏切ったのは僕のほうだったのだ。

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