言葉なんて必要ない。言葉なんて役に立たない。真っ暗な闇。彼女が震えている。

いつだったか彼女に、幸せそうでいいなだなんて無神経なことを言ったことがった。
彼女は嘘が上手なのだ。愛嬌でかためられたその表情の裏を、俺は見破ることができなかった。
俺の胸のなかで嗚咽をもらして泣いている。表情はうかがえないけれど、今だけは素直に泣いてほしかった。





「・・・レナ?どうしたんだよ?」
「・・・・・・・・」


チャイムの音で目が覚めた。確か時計の針は1時くらいを刺していた気がする。
玄関の前で、今にも泣き出しそうな彼女が、鉈をもって突っ立ていた。
状況が上手くのみこめなかったが、そんなのはどうでもいい。
すぐに彼女を家の中にいれて、あついセーターをきさせた。びっくりするくらい体が冷え切っている。
何故だか素足だった。太ももあたりに包帯をぐるぐる巻いていて、そこから赤いものが滲んでいる。
――自分で傷つけたのか?


「レナ、どうしたんだ、なにかあったか?」
「・・・・・・」
「いや、言いたくないんだったらいいんだ。ほら、ココアとか飲むか?冷えただろう」


消え入りそうなこえが聞こえた。かれきってがらがとした、声というよりただの音のような。
赤い唇がかすかに動く。




「そばにいて」




彼女は強い人間だと思っていた。何で今まで気づかなかったんだろう。もろい心と、今にも泣き出してしまいそうな瞳に。





聞きたいことはいっぱいあった。でも、いまはそんなことはいい。真っ暗の部屋のなか。
少しはあったかくなっただろうか、少しは安心してくれただろうか。刺激しないように、そっと髪を撫でる。
いま感じられるのは、彼女の体温だけ。

俺はもういちどぎゅっと、彼女を抱きしめた。






      embrace





好きな曲のタイトルを拝借させてもらいました。

(20081107)




.

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ