ぷらいべーと

□彼女は魔法使いらしい、
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「お疲れ様でーす」

今日も撮影が終わった。時間はもう深夜近く。やばいな、これ毎日になったらさすがにやばいぞ。そう思うけどいつもドラマ撮影が入るとこんなもんだ。ただ今回は大ヒットしたドラマのリメイクということもあって、周りからのプレッシャーもすごい。スタッフさんたちも凄い気力を感じるし俺も偉大な先輩の顔に泥を塗るわけにはいかない。主演、という唯ならぬプレッシャーになんとなく息がしづらいこともある。とりあえずこういう気分な時は帰ってゆっくりお風呂にも浸かるか、と思ってマネージャーに案内された車に乗り込んだ時だった。

「わー!!」

「!!!!!!うわああああ!!!!!」

いきなり前から声が聞こえて肩を触られたもんだからびっくりして後ろに倒れる。その瞬間聞こえた笑い声と、マネージャーが俺の背中を押して車の中に入れてドアを閉められた。(いや俺の扱い雑くない?)働かない頭で前を見ればそこにいたのは涙を拭って笑う、

「、みぃちゃん、なんで、」

「あはは、ほんと、しょうくんって毎回凄いリアクションだね」

みぃちゃんがいた。ずっとずっと会いたかった。さすがに最近はこうして仕事が終わるのが遅かったし。夜中に連絡するのは流石に失礼だから控えてはいたけど、会いたくて会いたくて。本当は何度も連絡しようと思った。けど出来なかった。だって絶対今声聞いたらやばいなぁって思ってたから。こんなに色々な気持ちがグルグルと回ってる時に彼女と話すと、凄くダサい姿を見せちゃう気がしたから。ただでさえこの人には敵わないし、この人との差を苦しく思うのに。いつもかっこいい人たちの隣にいる彼女に俺のカッコ悪い姿なんて絶対に見せたくなかったから。それなのに、目の前にはみぃちゃんがいる。やべぇ、マジでキラキラしてる。みぃちゃんが光ってる。

「紫耀くん最近全然連絡くれないでしょー?」

「・・・っ、」

「まぁ、ドラマ始まるから仕方ないかなって思ってたけど、私の負け。顔見たくなって我慢出来なくなっちゃった!」

「、みぃ、ちゃ、」

「・・こんな時間までお疲れ様だね、ご飯は?食べた?今ならみぃちゃん特製のおうどんでも作ってあげようか?私ね、こう見えても夜中のうどんには定評が、きゃっ、」

腕を引っ張ったのは無意識。ぎゅっと強く強く抱きしめたのは衝動的。きっと俺なんかがぎゅっと強く抱きしめたら細くて小さなみぃちゃんは痛いと思う。それでもみぃちゃんはなにも言わなかった。何も言わず止めもせず、ただただ黙ってぎゅーっと俺を同じように抱きしめてくれた。それから時々俺の髪の毛を優しく撫でてくれて。そして、ゆっくり他愛もない話をしてくれた。今日はお昼から美味しいパンを食べたとか、美味しい紅茶を見つけたとか、紫耀くんと今度行きたい場所がある、とか。そんなみぃちゃんの声が俺の胸にすーっと入ってじんわり温かく広がっていって。ずーっと思ってたけど本当にこの人の声はまるで天使のようにあったかくて優しくて透き通ってて心地良い。

「・・、みぃちゃん、」

「ん?」

「ありがとう」

「・・え?なにが?私はただ会いたくて来ただけだよ」

「・・はあ、ほんと、おれ、かっこ悪い姿しか見せてないんだけど、」

俺の言葉にふんわり笑うみぃちゃんに堪らなくなって顔を手で隠した。あー、本当かっこ悪い。みぃちゃんにいつもこうやって助けられて励まされて。弱い姿ばっかり見せて嫌になる。そんなこと思ってたら「紫耀くん勘違いしすぎだよ」と聞こえてきたから、チラリと指の隙間から彼女を見ればみぃちゃんは真っ直ぐと俺を見ていた。

「紫耀くんのカッコ悪い姿なんて見たことないけど」

「・・・嘘ばっかり」

「ええ、本当だよ??今だって頑張ってる紫耀くんかっこいいなーって思ってたし」

「カッコよくないよ、プレッシャーでこんなことなってんだもん」

「・・いいこと教えてあげようか、紫耀くん」

「・・??」

「このドラマの一作目に出てた主演の人もね、このドラマが始まりだした時、凄く悩んでたの」

このシリーズ一作目は山下くんのまっすぐな演技に沢山の人が心動かされ涙を流し、皆に愛された作品。スタッフさん達にも凄く言われた。前回を越すような新しいドラマにしたい。前回とは違う新しい要素を入れながらも世界観は大事にしたい。何度もそう言われたけどその度に思った。そんな簡単に言うなよ、って。あの山下くんの代表作でもあるあんなすごい作品を超す?俺がそんなことできるのか?って。

「大先輩達との共演とか、原作のファンの人の想いとか、あとあの頃ソロでデビューも言われてたから色んなことが重なってね、不安で押しつぶされそうになって震えてたよ」

「・・・」

このドラマの話をした時メンバーにも友達にも言われた。リメイクは大変だぞって。前作のイメージを超えることは難しいから簡単にはできないって。そう言われるたびにそんなこと分かってるって。

「みーんな一緒なんだよ。初めてのことには皆が怖くて震えるんだよ、そんなもんなの」

「・・、」

「こんなふうに言ってる私もいつも色んなことにビクビク震えてんだから」

それでも今回この話を受けたのは俺を通してさらにグループを知って欲しい、って思ったから。自分自身にとって今この話をもらえるってことは成長できるチャンスかなって思ったのと、あとは、

(ぴーちゃーん、ごめん。これなんだけど)

何度か山下くんと遊びに連れて行ってもらった時に、みぃちゃんもその場にいた時があって。2人の話してる姿とか、やり取りとかに、あーこの人達には敵わないなぁ、かっこいいなーって思ったから。だからなんとなくその人と同じ作品に挑戦できれば、俺もその土俵に立てるかなって思ってしまったから。そしたらもう少し、今よりかは自信もって、みぃちゃんの隣に立てるかな、なんて。

「・・みぃちゃん、俺がクロサギやるって聞いてどう思った?」

「凄く凄く楽しみだなって思った」

「っ、」

「絶対面白い作品に紫耀くんならできるって思ったし、かっこいいだろうな〜って思ったよ」

なんの迷いもなく笑ってそう言ってくれたみぃちゃんの言葉が体中をぐるぐる回って、熱い気持ちがぐーんって押し寄せてきたときにはもう俺の中の黒い気持ちなんてどこかに行ってしまってた。「みぃちゃん」と彼女の細くて白い腕を掴めば彼女の大きな瞳に捉えられた。

「なあに?」

「撮影終わったらご褒美くれる?」

「あはは、んー、いいよ」

「なんでも俺のいうこと聞いてくれる?」

「こわ、何させられるのそれ」

「みぃちゃんの1日欲しい」

「・・・なにそれ、そんなのいくらでもあげるよ」

「あともう一回抱きしめさせて」

「わ」

またみぃちゃんの腕を引っ張ってぎゅっと抱きしめれば「もうわがまま聞いてるじゃんか」と笑われた。そんなことは聞こえないふりしてぎゅーーっと抱きしめればトントンと背中を叩かれて一気にさっきまでの身体の重さは吹き飛ぶ。この不思議な甘い香りと(みぃちゃんいわく香水は滅多につけてないって言ってたのに不思議)この柔らかくて温かい体温。彼女の全てが俺の体に染み渡って、明日からさらに頑張れる気持ちになった。

「ドラマ毎回ちゃんと見るね」

「うん、感想ちゃんと送ってね毎回」

「あはは、わかった!」

「あと俺に会ってなくてもいつでも俺のこと思ってて」

「ねぇ、もうすごいわがまま言ってない?」

「みぃちゃん大好き」

「・・ありがとう、私も好きだよ、紫耀くん」

もうすぐ着きまーすというマネージャーの気まずそうな声にそういえば俺ら以外に人がいたことを思い出して、チラリと見れば鏡越しにあった目はすげぇなんともいえない顔してて。悪いかよ、好きなんだもん仕方ねぇじゃん。

「さ、紫耀くん、みぃちゃんの夜食いるの?いらないの?」

「いる」

「任せて!」

あぁきっと明日からの撮影俺はまた頑張れる。俺の中のきっと指針は彼女なんだろう。彼女がいてくれる限りきっと迷ってもこうして前に歩けるだろうから。だからみぃちゃんこれからもどうか俺の前をそうやって歩いてて、いや、前じゃなくてよければ隣に。隣に並べるようなデカい男に俺もこの作品が終わる頃には近づけるかな。この後、みぃちゃんが作ってくれた夜食がうますぎて。俺はこの日、視界を滲ませながら食べたうどんの味を一生忘れないと思った。


彼女はきっと魔法つかいなんだろう、


(よし、じゃあ帰るね)

(え、つめた。やめてよその切り替え)




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