短編2
□理由
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「ねぇ、霧野さん。」
放課後の、すっかりオレンジ色に染まった図書室。蛍光灯はまだ仕事を始めてない。
一乃さんは用事があるとかでもう帰ったから、どこか神聖なこの場所に、俺と霧野さんの二人きり。
夕焼け色の中本のページをめくる霧野さんは、きっと本人に言ったら怒るんだろうけど、
やっぱり綺麗だった。
俺はただ、本を読む霧野さんを眺める。
それだけのことが、大切で失いたくない日常の一部だった。
「どうした?」
「今日は、神童さんは来ないんですね。」
「ああ…コンクールが近いらしいからな。」
まるで自分のことのように自慢気で、だけどどこか寂しそうな。
そんな顔を見ると、なぜかやりきれない気持ちになる。
霧野さんが、別に音楽が特別好きなわけじゃないのはわかってる。
俺と神童さんはどこも似てなくて、俺はどう頑張っても神童さんみたいにはなれないのもわかってる。
だけど、せめてもっともっとギターが上手になったら。
心に響くような声で、歌えるようになったら。
霧野さんが、少しだけでもこっちを見てくれるような気がして。
だから、俺は今日も帰ったらめちゃくちゃにギターを弾く。