ハルナガ 短編

□椛の季節
1ページ/1ページ

椛の季節

僕を呼んでる。

その手が泣きたいほど懐かしいのは何故だろう?



***
これは今からずっと前

奏の国に、名君と讃えられ後に長い治世を敷く王がついてから間もない頃のお話...


「卵果が流されてしまったわ!」

蓬山では女仙たちが悲しみにくれていた。
やっと実った卵果が、国の希望が、また手を離れてしまった

遠く遠くにあるという未知の国に流されれば見つけ出すのは至難の技という

また卵果を待つには才国の民は余りにも衰弱し疲れきっていた。

「流れと方角からすれば卵果は遠く東、蓬莱へと流れたと思われます。どうか、どうか...」

金髪の少女に頭を垂れる女仙、春蓉(しゅんよう)は数十年前に才から召し上げられた少女だった

あまりの治安の悪さと王の無能さに苦しめられた。土地は荒れ人もまた荒れた。父母は妖魔に喰われ人の世から逃れたい一心で毎日祈りを捧げた末の昇天だった

「私はもう、国民が虐げられ絶望する様を見たくはないのです!身勝手なお願いだと、分かっておりますがどうか、どうか才に新たな王を...!」



「お顔を上げて、春蓉。」
他の女仙たちに止められても頭を下げる春蓉に
金髪の少女、宗麟は春蓉の肩にてをおいた

「宗台輔...」

「奏としても、新たに王朝が立ち上がったばかりですし隣国の荒廃ぶりには主上もお気に病まれておりました。私で良いのなら出来る限り探してみます」

見つける術は、微かな麒麟の気配のみ。


季節は夏の終わり、才国には余りにも過酷すぎる季節だった。

+++

「これ...」

都の路地裏にひっそりと住む兄妹がいた。このご時世権力者が争い戦の絶え無い国、日本には親を失い路頭に迷う子供など珍しくはなかった

そこに似つかわしくない小綺麗で、上等な着物を着た男の子が1人、兄妹に包を差し出していた。

「妹さんに食べさせて、元気になるように」

「お前、何が望みだ?高みの見物かそれとも俺らを笑いに来たのか!?」

妹を抱いた兄は男の子の包を叩き落とし怒鳴りつけた。

「そんな...僕は...ただ「俺たち農民がなぜこんな思いをしてるとおもう!お前たち貴族のせいだろうが!」

そう言われると返す言葉が見つからない。
煌びやかな衣服に綺麗な手、毎日の豪華な食事。
何一つ不自由のない生活に男の子、武尚(たけなお)は疑問を抱いていた

邪険にされても、苦しむ人を見過ごすことはとても苦しい事だった。

何か苦しむ人の助けがしたい。しかし、そう思い動けば動くほど罵倒され憎まれる

いずれは天皇となり国を治めろと父母に言われ続けてもこの現実からは目を背けられなかった

(僕は国を治めるどころか救うこともできない)


「ごめんなさい....」

兄妹の前に持ってきた包を置くと、屋敷へと走った

ふと、だれか女の人がこちらを見ている気がした








「僕は本当に国を治める資格があるのかな」

その夜、乳母に不安を打ち明けると彼女は優しく微笑んだ。

「七歳にしてもうそのような事をお考えか。これだけ聡明で優しき帝なら日本も良い国になりましょう」

「そうかな。」

そうとは思えない。祭り上げられるこの違和感は、何だろう

僕はこんな立場になる人間じゃない

此処にいるべき人間じゃ、ない。


漠然とそう思っていた。

「朝廷の者はみんな、僕が帝にはなれないといっています。僕は優しすぎるといいます。けど、僕何にもできない偽善者だ...」

情けなさに滲む涙を見られまいと、布団を頭のてっぺんまで被る

都の人達を助けたいと、どんなに思っても結局は皇子という立場を捨てられない。

この世は生まれた家柄に一生縛られる

つんと鼻の奥が痛くなった


「夜も更けました。さあ、おやすみなさいませ」

布団の上から優しい手が肩をなでた

「うん...」

目を閉じて眠りに逃げようとした、その時。

ドオン!という爆音と怒鳴り声が聞こえた

「何...」

「武尚様!こちらへ!」


へやに近づく足音に乳母は武尚の手を引き裏戸へと走った。

「何があったの!?ねえ、父上と母上は!?みんなどこ?!」

乳母に聞いても返事はない。


走り抜ける廊下には無数の死体と血の海があった

「ひっ...」

全身から血の気が引きフラフラと倒れ込みそうになるのをグっと堪え出口へと走る

どれくらい走っただろうか
裏の細いみちを抜けると裏庭に出た。

「武尚様、良いですかこの裏道を通って山のお寺へお逃げなさい。仏がきっと罪なきあなたをお救いになるでしょう」

乳母はきゅっと小さな皇子のかたを抱きしめる

「お千代はどうするの」

母よりも母らしく育ててくれた乳母だ。
おいていけるわけが無いのに

「千代はここに残ります。なに、心配にはお呼びませぬ。またいつか会えましょう」

にっこり笑う千代の顔は、優しい嘘の顔だ
聡い武尚にはそれがわかった

「いやです、いやです!僕は「母の言う事を聞いてください!本当の息子のようになどおこがましいのは百も承知ですが、本当に心の底から愛しておりました」

さあ、行って?

その言葉と同時に武尚は走り出した。
涙を拭いもせず、振り返りもせずに。

「ごめん、なさい....」

また守られた。
結局弱い僕は守られるしかないのか




いや、違うだろう?

逃げているのは誰でもない。自分。


「僕は、僕は逃げたくない、逃げたくないんだ!」

ごめん、お千代
聞き分けのない子供でごめんなさい

雨でぬかるんだ道に足を取られながら、来た道を夢中で駆け抜けた。



***

「お千代!!」

裏庭に、人の気配は無かった。

カラカラの喉にむせながら、千代を探した。

池のほとりに千代がいた
さっきまで、生きていた千代だった

「起きて...僕は世界にたった1人になってしまうよ。この世に僕の居場所もすることもないんだ...」


血なまぐさい人の世に、僕は居続けることはできない

「僕は生きていけない.....」

涙と一緒にこぼれた言葉に答える人はない。はずだった


「サイキ...」


か細い少女の声に、顔をあげた。
まだ生きている人がいる?

サイキなんて人いただろうか

「貴方は、天の使いでしょうか」

金の豊かな髪に、天女のような服装、穏やかな空気。

こちらに差し伸べられる手がとても細くて白かった

「いいえ、あなたと同じ。あなたを探していたの」

「僕を?」

「貴方はここにいるべきじゃない。血が流れすぎているもの。国へ、帰りましょう」

「血?」

「わたし達は血の穢れに弱いの。身体に障らぬうちに、さあ。」

「あなたの民があなたの帰りを待っています 」

「国どころか人一人守れない僕を待っているのですか?」

不甲斐なさにあふれる涙をその少女は優しく拭った。
白いその手を掴むと、白い光に包まれた。



「お帰りなさい」



目を開けると、そこは紅葉の赤が舞う新しい世界だった。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ