壬生狼と過ごした2217日
□垣間見えた優しさ
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しかしまずい。
いい加減、陽も傾きはじめてきた。
人通りもだんだん少なくなり、ますます屯所から遠ざかっているような気がする。
もうこれはそこらへんの誰かに屯所の場所を聞いたほうがいいだろう。
私は意を決して、そばにあったお店のドアを叩いた。
すると―…
「へぇ。どちら様どすか?」
と、中から物腰の柔らかそうな主人が顔を覗かせた。
よし、この人ならきっと親切に道を教えてくれるだろう。
「あ、あの…ちょっと道をお尋ねしたい…」
と、そこまで言って私の言葉は聞き覚えのある声に遮られた。
「ほぅ。いったいどこまでの道順だ?俺が教えてやろうじゃねぇか」
「!!!」
聞き覚えのあるその声。
ま、まさかと驚きながら店の中から聞こえた声の主を見るとそこには―…
「と…歳さん!!」
眉間にシワを寄せながらも笑顔の歳さんの姿があった。
「てめぇ…屯所で姿が見当たらねぇと思ったら…こんなとこで何してんだァ?」
「え、え〜と…」
まずい、まずいよ。まさかこんなところで歳さんと出くわすなんて…!
これはもう説教確実。笑うしかない、とヘラヘラしていると、店の主人が歳さんに問い掛けた。
「…お侍様、こちらのお嬢さんが先程探しているとおっしゃったお嬢さんどすか?」
「/////!!」
「え…それって…」
な、なに?私の妄想通りだったっていうこと?
「余計なことは言わねぇでいい////!!」
真っ赤になった歳さんを見て、店の主人はクスクスと笑った。
「こないかいらしいお嬢さんがいい人なんて…うらやましいどすなぁ」
「かわいらしいなんてそんな////!!」
いやですよ、ご主人////!なんて言葉は即座に否定の言葉にかき消された。
「そんなんじゃねぇ。こいつは壬生浪士組預かりのもんだ」
「…壬生浪士組………お侍様、壬生の方でしたか。」
ん?
今、この人…
「いかにも。壬生浪士組副長、土方歳三だ」
「これはこれは…。これからもご贔屓に。よろしゅう頼んます」
主人はにこやかに笑うと、歳さんに向かって丁寧に頭を下げた。
…んだけど何かおかしい。最初に私に見せた笑顔と明らかに何かが変わった気がした。
「では桝屋。今後はこちらを壬生浪士組の贔屓にさせてもらう。よろしく頼むぞ」
「へぇ。有り難き幸せ」
……やっぱり。
作られた笑顔に違和感を覚えたが、歳さんはさほど気にしていないようだった。
「さて…と。お望み通り屯所までの道順を教えてやっか」
歳さんは主人から刀の鍔みたいのを受け取り、お金を払うと爽やかな笑顔を私に向けた。
ここで、歳さんには頼んでません、なんて言ったら私の命はあるのだろうか。
そんなこと思っても口にする勇気などなく、私は「よろしくお願いします…」とヘラリと笑ったのだった。
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