壬生狼と過ごした2217日

□その男尽忠報国の志を持つ
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***


「あ〜、天ぷらうまいっすね」

「だろう!どんどん酒が進む」


そろそろ一升徳利も底をつくだろう。
残りを一気に芹沢さんの盃に注ぎ込む。

そういえば、芹沢さんと呑む時はいつもくだらない話しかしない。
島原のこの店のコイツがかわいいだとか、この店のコイツは夜伽が上手だとか。
だから私は芹沢さんのことは水戸出身だということくらいしか知らない。


「そういや…芹沢さんて今何歳ですか?」

「俺は36だ」

「へぇ…結構いってるんすね……んじゃ奥さんとか子供は……」


まさかいるわけないだろう。
だってこの人、天下の自由人だもん。
…なんて予想はあっさり外れた。


「妻子は水戸に残してきた。と言っても、なにも旦那らしいことや父親らしいことはしていないがな」


そう苦笑いしながら盃を傾けた芹沢さんだったが、この時の表情はどことなく優しさを含んだ顔をしていた気がする。


「へぇ…意外ですね」


そう言葉をこぼせば、芹沢さんは「ふん」と言って再び盃を傾けた。


「お前は未来では寺子屋に通っていたそうだな。何か夢でもあったのか」

「夢…」


芹沢さんからの問い掛けに思わず言葉がつまる。
夢…
将来の夢なんて…
まともに考えたのは小学生が最後だっただろうか。

うちの母親は病気がちで…
私が幼い頃から入退院を繰り返してた。
お見舞いに行って、帰りたくないといつも泣きわめく私を、そっと看護師さんが抱きしめてくれた。
その人が着ていた白衣に憧れて…
本気で看護師になろうと思ってたんだっけ。

そんな小さな夢も、中学生の時にプッツリと消えた。

母親が死んだから。

それからはとりあえず高校行って、とりあえず大学行って、とりあえずいいところに就職を…
そんなことばかり考えていた。


「…由香?」


少しだけ昔を思い出していた私を芹沢さんの声が現実へと引き戻す。


「あ…あぁ、夢ですか。夢はお金持ちと結婚することですかね。あはは」


おどけて笑ってみせた私だったが、芹沢さんはそんな私を黙って見据えていた。
何もかも見透かすような瞳で。



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