壬生狼と過ごした2217日
□序章
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大坂での公用を終え、長旅の疲れも癒えはじめた頃―…
「局長!大変なことがおきました!!」
部屋で物書きをしていると、監察方の山崎くんが血相を変えて飛び込んできた。
「どうした?そんなに慌てて…」
「これが落ち着いてられますか!また芹沢さんが…」
「…芹沢先生が?」
これから聞かされることに大方想像がつき、俺は持っていた筆をパチリと硯の上に置いた。
***
「なんと……」
驚いて声も出ないとはこのことだろう。
「…局長。どうなさいますか」
「……悪いが少し時間をくれないか。どうするかよく考えたい。山崎くんは現場へ行って動向を見守っていてくれ。あ、それとトシにもこの件を」
「はっ…」
山崎くんは深々と頭を下げると、風のように去って行った。
「はぁ……」
あの方は…
芹沢先生は一体何を考えてらっしゃるのだ……
俺は一人になった部屋で盛大な溜息をついた。
芹沢先生は元は常州水戸の郷士。
江戸にまでその名を轟かせていたあの有名な天狗隊の一方の旗頭とたてられていた。
水戸藩の空気に養成されたためか猛烈な勤王思想を抱き、常に攘夷を叫んで痛嘆淋漓たる有様であったという。
人を殺め、牢に入った時も先生は絶食してあい果てんと決し、飯には見向きもせず、己の右の小指を食い切り、流れる血潮で辞世の句を書き牢の前に貼られ、座禅をくみ死期を待ったらしい。
結局まわりの手助けで釈放され、そのときに恩命に接した先生は改めて勤王のことに尽くさんと決心し、尽忠報国の志を貫こうと決めたと聞いた。
そんな武士としての姿勢に感銘して共にここまできたが…
上京してからの先生はどうだろう…
酒に溺れ、権力を思うがままに降りかざす。
罪のない町人達をも平然と傷つける。それが女子供であろうとも…だ。
…今回のことはきっと会津松平侯の耳にも入る。
会津侯には日頃から、所司代やら各大名屋敷から芹沢先生の苦情が入っているそうだから、大層立腹されるだろう。
……もしかすると壬生浪士組は解散の崖っぷちに立たされるかもしれない。
そうとなったら俺達の昔からの夢は………
俺は頬杖をつきながら、窓から見える茜がかりはじめた空を苦い顔でじっと見すえたのだった。
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