壬生狼と過ごした2217日

□芹沢終焉
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「は……」


八木さん家に着いた私の視界に飛び込んできたのは、思わず目を塞ぎたくなるような光景だった。
辺りには血と肉が削がれた臭いとでもいうのだろうか。その独特な臭いが漂っている。

そして……
部屋の中には茣蓙をかけられた二つの体。
はみ出しているスラリとした白く細い足に目が釘付けになった。

ふらりふらりとそれに近付く。
ぬるりとした嫌な感覚が踏み出した足に纏わり付いた。


「お、梅…さん…?」


声が震える。返事はない。

違う。お梅さんじゃない。

そう言い聞かせながら私は震える手で、体にかけられた茣蓙をそっとめくった。


「ッ!!!」


思わず息を飲む。
私の目に映ったのは首の皮一枚で…どうにか胴体とくっついている変わり果てたお梅さんの姿だった。


な、にこれ…、なに、なんなの?
人間、な、の?
誰これ?お、うめ……お梅さん、な、の?
…違う、こんなのお梅さんじゃない!


こんなの…
人間じゃない!


嫌悪感にも恐怖感にも似た何かが全身を駆け巡る。
それと共に激しい吐き気に襲われ、たまらず縁側へと駆け出した。


「…ぉえっ……!!ゴホッ…ゴホゴホッ…!!はぁっ、はぁっ!!」


呼吸がうまくできない。脈が乱れる。
脳裏に焼き付いて離れない。
ほんの数時間前までともに盃をかわし、友達だと…
また遊びに来てくれると優しく笑ったお梅さんと…

真っ白な顔で白目を向き、力無く横たわっているお梅さんと…


「ぅ…っ……ゴホッゴホッ!!」


それを思い浮かべるたび…
血の臭いが後押しし、何度も、何度も吐き気が私を襲った。



「……由香さん?」


縁側の向こうから名前を呼ばれ、口元を拭いながら振り向くとそこには総司くんと…

眼に獣を宿した…
鬼の眼をした歳さんの姿だった。


ああ…
やっぱり刺客は…
お梅さん達を殺したのは……


「大丈夫、ですか?」


差し延べられた総司くんの手を振り払い、よろよろと立ち上がる。
見据える先には歳さんが感情もなく立っている。

この眼は…
間違いない。

一歩。
また一歩、歳さんへと近付いていく。


「…歳さん、芹沢さんも殺されたの?」

「……ああ」

「誰に」

「まだ、誰かははっきりわからな…」

「総司くんには聞いてない。ねぇ、歳さん、誰?誰が殺したの?誰が芹沢さんも平山さんもお梅さんも殺したの!!」

「………」

「教えてよ!知ってるんでしょう!?教えてってば!!」


…気付けば。
私は両手で歳さんの襟を掴み、頬には涙が伝っていた。
これが何の涙かは自分でもわからない。

お梅さんを失った悲しみか。
芹沢さんや平山さんを失った悲しみか。
歳さんへの怒りか。
はたまた裏切られた悲しさか。
それとも……





この男が以前の"土方歳三"に戻ることはないだろう。
きっと…
あの獣を眼に宿しながらひっそりと牙を研ぎ…時にその牙を剥き、鬼として生きていくはずだ。

眼が…
以前とは瞳が違うもの。
そして私はこの目の前にいる"土方歳三"は愛せないし、きっと愛されることも二度とない。
そう言い切れる。
この目の前の男の眼がすべてを物語っているもの。



辺りには私の悲鳴にも似た泣き声が響き渡った。




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