壬生狼と過ごした2217日

□守るべきもの
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「…優しいですねぇ、平助」

「………」

「もしかして由香さん、今ので平助に惚れちゃったりして」

「……それならそれで構わねぇさ」


タタタ…と部屋に駆けて行く由香さんの後ろ姿を見ながら、歳三さんは小さくそう呟いた。
ちらりと表情を盗み見れば、その目はなんの感情もない冷ややかな眼をしている。


「…ふぅん?」





芹沢さんの一件以来、歳三さんと由香さんは距離を置くようになった。
勘が鋭い由香さんのことだ。あの一件の犯人が誰であるか気付いているのだろう。そしてきっとそれを受け入れられないのだと思う。仕方のないこと、なのかもしれないけれど。

そしてなにより歳三さんの眼が変わった。
変わった、というより昔に戻ったと言った方がいいのかもしれない。





江戸にいた頃の歳三さんは毎日のように喧嘩に明け暮れていた。
素手でのやり合いはもちろん、僕達試衛館の面々に直接は言わなかったが、真剣でやり合うことも少なくなかったと風の噂で聞いた。
僕達が知らなかっただけで、きっと命の取り合いをしたこともあったのだと思う。
そしてその眼は驚くほど冷たい眼をしていた。その冷たい眼の中に獣がそっと鋭い牙を研ぎながら潜めている…
そんな眼だった。

そんな歳三さんを村の皆は"バラガキ"と言って恐れ、嫌った。
"バラガキ"とは近付き触れれば棘が刺さるような手の付けられない暴れん坊のことを言う。
歳三さんはバラガキですら恐れるバラガキだった。
そしていつも一人で戦っていた。

が、そんな嫌われ者の歳三さんをすべてを笑い飛ばしてしまうような笑顔で試衛館に迎え入れた人がいた。

近藤さんだ。
近藤さんは臆することなく「トシは大層な喧嘩師だ」と笑っていたっけ。

歳三さんも近藤さんの前では、優しい目を見せた。
そしてそれはひょっこりと現れた由香さんの前でも…

女遊びは激しかった歳三さんだったが、どんな女の人にもあんな優しい目を見せることはなかったし、なにより素の"土方歳三"を引き出した女の人は僕が知る限り、由香さんが初めてだ。
やっと歳三さんにもお似合いな女の人ができた…
そう思っていたんだけれど…


「芹沢さんに言われたこと、気にしてるんですか?」

「あん?」

「すべてを捨ててもいい覚悟ができてないって」

「………」

「きっと…歳三さんのそのすべての中には由香さんも含まれているんでしょう?」

「………」

「…みすみすお捨てになるつもりですか?やっとできた大切な人を……」

「俺の誠の道に…志に女はいらねぇ。そう思っただけだ」


ふん、とすましている歳三さんの真意は読めない。
けれど、一度こうと決めたら天地がひっくり返ってもその意志を曲げることはないほどの頑固者だ。
僕が横から口を挟んだところで、二人の状況が変わることはないだろう。



「でもね、歳三さん」


でもこれだけは…
これだけは胸を張って言える。


「人間一人でいるより、守るべきものがあるほうが本当の強さを発揮できるってもんですよ」

「……言うじゃねぇか」

「クスッ…だってこの僕がそうですからね」


僕は近藤さんや歳三さんの志を守るために剣を振るう。だから強いんですよ。
そう言えば、歳三さんはわずかに口角をあげた。


「…行くぞ。まだでかい仕事が残ってるからな」

「はい」


僕の言葉が歳三さんに届いたのかはわからない。
けれど僕が今、二人のためにできるのはこれが精一杯だ。

どうか二人には幸せになってもらいたい。









けれど…
運命の歯車は時として残酷で。
歳三さんと由香さんの別れがすぐそばまで来ていたなんて。

この時の僕は知る由もなかった。





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