壬生狼と過ごした2217日

□覚悟が決まりゃ腹が据わるってもんだ
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「……なぁ、由香」


優しい手の温もりが、ポンと頭の上に乗せられる。


「庇うわけじゃないが…あいつらにはあいつらの正義がある。その正義を守るためには、その枠からはずれた奴らは粛正するしかなかったんだろう」

「……でもっ、」

「皆必死なんだ。自分の正義を、日本を守ろうと。土方くらいの立場になると、余計にその思いが強いんだろう」

「だからって、人を殺すなんてっ…!」

「確かに、な」


高杉さんはため息にも似た小さな笑いをこぼすと、煙草の詰まった煙管を取り出し雁首に火を入れ、ふぅっとふかした。
もくもくと上がった煙が漆黒の空に映えたのを見上げ、不謹慎だがなんだか綺麗だと感じた。



「未来は平和で命の取り合いなどないのかもしれない。だがな、その未来を造るためにはどうしてもそれがついてまわる。お前は信じられないだろうが、この時代ではな、殺るか殺られるか、なんだ」

「………」

「由香。お前はこの時代で生きていく覚悟はあるか?」

「覚、悟…」

「覚悟が決まりゃ、腹が据わるってもんだ。もちろんお前もな」



……本当は

頭ではわかってたつもりだった。
理解したつもりだった。
皆、好きで人を殺すんじゃない。
私達の未来のためだって。

私の言ってることはただの綺麗事だって。

でもそれを目の当たりにして…
どうしても我慢できなかった。
信じたくなかった、の。


私の好きな人達がそんなことをするなんて。








***


ふわりと温かいぬくもりが私を包む。

泣いて泣いてやっと落ち着いた私に高杉さんが羽織をかけてくれた。
高杉さんの羽織はお日様のような匂い。
すごく、すごくあったかい。


「落ち着いたか?」

「すいません、取り乱しちゃって」

「いや…俺の方こそ突然悪かった」


…?高杉さんが謝ることなんかなにもないのに。隠し事してたのは私の方なんだから。


「由香」

「はい?」

「これだけは言わせてくれ」


こくんと頷けば、高杉さんは最後の徳利を盃に傾けながら口を開いた。


「俺達武士はな、自分の正義を守るためなら命だって惜しくない。命の奪い合いを受け入れろとは言わん。だがな、どんな立派な志を持っていたって死んだらそこで何もかも終わりなんだ。だから皆、必死に戦う。その戦いも未来の日本のためなんだ。それだけはわかってくれ」


はい…と、蚊の鳴くような声で答えれば「なんだかこれじゃ俺様が土方の気持ちを代弁してるみたいだな!」と、高杉さんは笑った。


まだこの時代の人の生きざまを理解するのは時間がかかるだろうけど…
少しずつでもこの現実を私は受け入れなければならない。
いつか歳さんとも…こうやって本音を語れる日が来ればいいのに。
もしかしたら…前に進めるかもしれない。

ありがとう、高杉さん。


「ま、俺だって己の正義を貫くには手段は選ばんがな!!もちろん…欲しいものを手に入れるための手段もな!!」

「え?」

「好きだぞ!!」

「は?何がです?」

「だから、お前に惚れたんだ!」

「………は、えぇェェェ!!?」

「お前も俺に惚れたか!?俺様の口付け、よかったろう!?」


……わ、忘れてた!!!!そうだ、高杉さんにキスされたんだった!!!


「も、もう!!奥さんいるでしょ!!お金、払って貰いますからね!!」

「ははは!!照れるな照れるな!!!」

「どうしたら照れてるように見えるんですかぁぁぁ!!もっと節制を正してください!!!」


…なんて他人に言う日が来るとは思わなかったぜ。



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