壬生狼と過ごした2217日

□ある男との再会
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「おい!小五郎!!間者とはなんのこと…」

「桂さん!!」


高杉さんの言葉を遮って、自分でも驚くくらい大きな声がでた。


「…楠くんは死にました。あなたにいいように使われてね。あんな無垢な子に…」


ふわりと笑った彼の笑みは何の穢れもない、ただの純粋な少年の笑顔だった。
その少年の笑顔に私は救われた。
私は一人じゃないと。
泣きたい時は泣いてもいいんだと。
……彼がいたから。

そんな彼がなぜ間者をやらなければならなかったのか。
結局彼は大人にいいように使われた"コマ"でしかならない。


「いい大人が恥ずかしくないんですか?」

「…何が?」


思わず身を固くした。
桂さんは私の言葉に顔色を変えるどころか、眉一つ動かさない。
笑顔の瞳の奥は冷たいままだ。


「彼は立派な大人だった。立派な武士だった。彼は自分から間者の道を選び、彼の志をまっとうするために死んだ。それの何がおかしい?」

「……死んだら…死んだら何もかも終わりなんです!」

「それでも彼は長州のためによくやってくれた。彼にとってもそれは本望だったんじゃないかな」


本、望…

返す言葉が見つからなかった。
私の常識はこの時代では通用しない。
死んだら何もかも終わり。それは高杉さんも言っていた。けれど楠くんが長州のためにと己を犠牲にすることが本望だと思っていたら…

武士もそれぞれいろんな考えの人や立場のがいる。己の身を以て志を成し遂げる人がいてもおかしくないのかもしれない。


「戯れ言に付き合う暇はない。では」

「待て!小五郎!!」


最後まで殺気を弱めることなく桂さんは部屋を出ていった。







***


「由香!悪かった!!」


しばらくして、桂さんを追って部屋を出ていった高杉さんが戻ってくるなり頭を下げた。


「なんで高杉さんが謝るんですか。何も悪いことしてないじゃないですか」

「間者のことだ。まさか小五郎が動いていたとは知らなかった」

「………」


間者として使命をまっとうしたことが彼の生きざまだとすれば、彼がなぜ最期の時をいつもと変わらない笑顔で迎えたのかも少しわかる気がする。
これも"時代"。
その一言で片付けてしまうのはあまりにも簡単すぎてしまう気もするけど。
楠くんの本意がどうだったかはもう誰もわからない。


「いえ……桂さんの言うことは正しいです。楠くん自身がその道を選んだんだから、私は何も言うことはありません。それが彼にとっての生きざまだったんだから」


このまま私、屯所に帰ります。
そう続けようとした瞬間、


「…由香!」


私の身体はきつく高杉さんに抱きしめられていた。
突然のことに抵抗すらできない。


「俺と…長州へ来ないか」


高杉さんはそう私の耳元で小さく、でもはっきりとそう言った。


「俺の生きざまをそばで見ていてくれ」


見つめられたその瞳は凛とした強さを放っていて。
思わずその真剣さに目が捕らわれた。



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