壬生狼と過ごした2217日
□崩れない壁なんてない
1ページ/3ページ
「わりぃがちっと頼まれてくんねぇか」
ある日の午後。
ふいに歳さんが部屋を訪ねてきた。
聞けば急ぎの文をとある旅館にいる山崎くんに届けてほしいという。
少しでも仕事が忙しい歳さんの力になれればと二つ返事で「いいですよ」と答えた。
久しぶりに市中にも出られるし、帰りはあのお気に入りの小間物屋にでも寄ってこようか、なんて浮き足立ってみるけどそういや私、未だに一文無しだわ。
…うん。ならば冷やかし程度に。
化粧ポーチからファンデを取りだし、パタパタと叩く。
あれ、こんなところにニキビ…じゃなくて吹き出物。いつの間に…
そういや、二十歳過ぎたらニキビじゃなくて吹き出物って言うんだなんて言ってたのは誰だっけ。
それより…
高杉さんにバッタリ出くわしたりしないかなぁ〜…いい加減、長州に帰ったのかもしれないけど。
惚れられた強味というのかなんというのか、ちょっとだけ高杉さんに会いたいなぁなんて思っちゃったりしてしまう。
でも駄目だ。高杉さんは既婚者。不倫は文化なんてほざいた芸能人いたけどダメ!絶対!でも押し倒されたら考えてやらねーこともないぜ?なんてな。
くだらないことを考えながら、若干ウキウキ気分で玄関へと向かう。鼻歌なんぞ歌ってみたりして。
高杉さんに出くわした時のことを考えて、念入りに化粧をしてしまった私ってばなんて罪な女。ウフフ…
「準備できたか?んじゃ行くぞ」
「………」
が、そのウキウキ気分も目の前の光景に一気に崩れさった。
「……左之さんも…一緒、ですか?」
「ああ。旅館へ女一人で出入りするのもかえって怪しいしな。それに旅館は長州藩邸の近くだ。土方さんも心配してんだろ」
「あ…そうですか…」
…あの男。旅館の女一人の出入りうんぬんより、ぜってー高杉さんに出くわすことの方が心配なんだろ。
鬼のようなヤキモチ妬きめ!全然可愛くねーぞ!!
「…なんだ?俺と一緒じゃ不満か?」
「…いえ。男のくせに心配性だなと」
「そんだけ由香のこと大事に思ってんだろ。きっともう逃げらんねぇぞ?」
「はは…んじゃ行きますか」
………なんて。
歳さんのヤキモチ妬きに表面上はイラッしたふりをしたんだけれど。いや、ぶっちゃけ少ししたけどね。
…あの男が何を考えてるか。
何故、お供に左之さんを選んだのか。
すぐにピンときた。
歳さんはヤキモチ妬きでもあるけれど、遠回しな世話焼きでもあるのだ。
…こりゃ、歳さんに一つ借りができたな。
.