壬生狼と過ごした2217日

□坊さん走る江戸師走
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***


門松を作り終えた数十分後。
やっと屯所内にお昼を知らせる太鼓が鳴り響いた。

はぁ…
ようやく休憩できる…
しかもスゲーお腹すいたし疲れた…
こりゃもう、昼から一杯煽りたいですな!

なんて思って、いつも食事する広間へ行こうとする私の背中に聞き慣れた声が投げ掛けられた。


「おい。どこ行くんだ?」


振り向けばやっぱりそこには歳さんの姿があって。とにかく早く座りたい私は、眉間に皺を寄せた。


「どこって…広間ですけど」

「その必要はねぇ。今日の昼飯はここで食うからな」


そう言って歳さんは私の眉間の皺を親指で伸ばし、手に小さな竹の包みを握らせた。


「……なんですこれは」

「今日の昼飯だ。ほれ、早く座れ」


ドカッと縁側に腰を下ろした歳さん。
竹の包みを開き、包まれていたお握りを手に取り、でかい口でかぶりついた。

…どうやらこの日は私が思っている以上に皆、気合いを入れる日のようだ。
昼食はパパッと握り飯程度で済ませ、またすぐに大掃除に取りかかるらしい。

ああ…
もう本当疲れた…


「……大掃除、いつまでやるんですか」

「ああ?夕暮れまでやるに決まってんじゃねぇか。煤払いは歳神様を迎える大切な行事だからな。徹底的にやらねぇと」

「としがみさま?」


としがみさまなんて聞いたことない。聞けばとしがみさまは五穀豊穣の神様でもあり祖先の神様でもあり、正月には各家庭に山から降りてきてくれるんだそう。
そんな習わしというかいわれがあるなんて、日本人のくせに全然知らなかったわ。
とゆーか歳さんに信心があったなんてそっちの方が驚きだ。


「歳さんも神様とか信じてるんですね」

「縁起がいいもんだけはな」


そうか、げん担ぎのためなら仕方ない。そう思ったがやはり夕暮れまで掃除は疲れるよ…と意気消沈しました。


「そういや総司知らねぇか?あいつ、どこ探してもいねぇんだ」

「…知りません。サボリじゃねーんですか」


もらったお握りに半ばヤケクソに食い付き、小さな声でそう答えれば、「おま…、色気より食い気だな」などと戯れ言を言われたがもう知るもんか。
「そんな私を好きなくせに」と言えば、男からは大きな溜め息が聞こえてきたよ。
……ぜ、全然ショックなんかじゃないんだからねッ!!


もはやそれはツンデレでもなんでもない。
今夜は一人、日本酒でもたしなもうか。

ふふふ、などと若干笑みを浮かべていると、


「由香さん」


ギャーギャーうるせぇ…ゲフンゲフン!!血気盛んな若者達が集まって腰を下ろす縁側に似つかわしくない穏やかな声が私の名前を呼んだ。
そんな素敵なメンズは誰?と振り向けば、そこにはやはり笑顔も穏やかな山南さんが立っていた。

先ほど広間で見かけた時はカチッと羽織袴だった山南さんが、いつの間にやら珍しく藍色の着流しなんぞでキメている。
よく見れば、いや、よく見なくても山南さんてば大人の男フェロモンがムンムンなのだから、隣に歳さんがいようがフラフラ吸い寄せられてしまうのがイケメンセンサーバリバリの私ってもんですウフフ。


「今日、このあとお暇ですか?」

「え?あ、えっと、はい、暇です」


想定外の山南さんの言葉にどぎまぎしてしまった。
だって、だってこの流れってもしかしなくてもデートのお誘い、だよねぇ!?
歳さん隣にいるのに…さ、さすがに彼氏の同僚と浮気なんてできるほど器用じゃないよ、私!

…なんて。
馬鹿みてーな、穴があったら入りたいと思うほど自意識過剰な恥ずかしい心中が彼に読まれてしまったのだろう。
山南さんはフフッと笑った。


「お暇でしたら一緒に食積の材料を買いに行こうと思いまして。もちろん、土方くんには許可をもらってありますよ。ね?」


ニコッと笑う山南さんの視線は私の隣にいる男に。男は勘違いしてんじゃねーぞ?この自惚れが!とでも言わんばかりの嘲笑いを浮かべると「ああ」と小さく頷きやがったのだった。



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