壬生狼と過ごした2217日
□貴方が教えてくれたもの
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なみなみと酒を注いだ徳利を水を張った鍋に並べ火にかける。
最近覚えた火おこしも随分と様になってきた。私の順応性は大したもんだと我ながら思う。
時折カチャンとなる徳利の音と除夜の鐘の音だけが耳に届く。
ああ、とっても静かだ。静かだからこそ余計なことを考えてしまう。
…いつも一緒にいる皆と同じことを。同じことをして同じような格好をして。そうしないと流れに置いていかれる気がしてた。それは女の子独特のお友達ごっこというものだろうか。
でも…いつからだっただろう。
そんなお友達ごっこに何か違うと違和感を感じ始めたのは。
この中に自分の居場所がないと気付いたのは。
苦痛だった。皆に合わせることが。
辛かった。それでも一人で行動できなかった自分が。
大嫌いだった。そんな自分が。
でも…
「何か手伝うかァ?」
「!」
鍋の中で揺らめく徳利を見つめ、自分の世界に入っていたからだろうか。
すぐ背後にあったその気配に全然気が付かなかった。
「歳さん。いえ、大丈夫です。それよりどうしたんですか、勝手場まで」
「別に…なんともねぇさァ」
別に…なんて、時の人の発言じゃないか。
それにいつもよりも江戸訛りが強く出てるなんて、もしかして歳さん…
「…歳さん。もしかして酔っぱらってます?」
「ああ〜?酔ってねぇよ」
そう言いながら背中に絡み付いてくるこの男。こんな人目につく公共の場でこんなに甘えてくるなんざ、絶対に酔っぱらってるに違いない。素面の時のこの男はそーゆーところは絶対に抜け目ないはずだもの。
「大晦日だからって呑みすぎたんじゃないですか?もう部屋に戻ったほうが…」
「だから…酔ってねぇっつってんだろ」
その言葉と共に絡み付いた腕に力が入り、ギュウと抱き締められた。
ちょ、酒のせいで力コントロールできてねー。痛い、痛い…
「ちょっと、歳さん」
「おめぇよぅ…、何考えてた」
「は…?」
「だから何考えてた、今さっき」
…酔っぱらいは言うことが唐突だ。
主語や述語なんかもしっかりしてないから、話をふられたほうはもうこりゃわけワカメです。
…よし。今後私も気を付けなくては。
「別に。何も考えてませんよ」
「嘘つくんじゃねぇ。おめぇ、泣きそうな顔してたじゃねぇか」
「泣きそうになってなんか」
「帰りたくなったか?未来に」
息が止まりそうになった。
帰りたいわけじゃない。むしろ帰りたくない。
でも歳さんから出てきた"未来"という言葉。
最初こそ数回、それこそ1、2回ほど未来に帰りたいかと聞かれたことがある。
「帰りたくても帰る術がないじゃないですか」
そう笑って答えてきたのだが、ここ最近は聞かれることはなかった。
だけど、なんでまた急に……
「……としさん、」
口を開けば思ったより声が掠れた。
思わず喉を鳴らせば「由香」と小さな声が背中でくぐもった。
それがなんだかくすぐったくて。ピクリとなった私の身体を再び歳さんは抱きしめた。
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