壬生狼と過ごした2217日

□貴方が教えてくれたもの
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「帰るんじゃねぇ」

「え?」

「帰らせねぇ」

「…としさん、」

「おめぇの居場所は俺の隣だァ」


……涙が出そうだった。
その言葉に。
ずっとずっと欲しかったその言葉に。

私の居場所はどこにもなかった。
家にも。
大学にも。
バイト先にも。
友達の輪の中にも。

ずっとずっと…
探していたの。自分の居場所を。
欲しかったの。自分の居場所が。


堪えていた涙が頬を伝うのがわかった。


「……帰りません。私の居場所は歳さんの隣だけ、だから」

「……泣いてんのか」

「泣いてません!」


そう一際大きな声を出せば、どうやらその声は震えていたようで、歳さんは「馬鹿だな、おめぇは」と笑い、親指でそっと唇をなぞった。

塞がれた唇はとっても酒臭くて。「…酒臭い」と言えば「おめぇもな」と再び笑った歳さん。ムードのへったくれもなかったけどすごくすごく幸せだった。


徳利の口まで酒が上がり、カチャカチャとそれを揺らす。その音となんだか卑猥なリップ音だけが勝手場を包み込んだ。ああこれ、このままここで始まっちゃうんじゃねーか、なんて。
それは私の戻りの遅さを心配した山崎くんが勝手場に来るまで続いたのだった。

まぁそのあとは想像通りといいますか。
顔を真っ赤にした山崎くんから「場所と人目をわきまえる」ということはなんぞやとお咎めをくらいました。もちろん歳さんもね。
皆には正月そうそうご盛んだなと笑われたけど。



…今まで生きてきた中で、こんなに本気で泣いて本気で笑って本気で人を好きになったことなんてなかった。

いつだっただろう。
歳さんに連れられ、この時代で見上げた空は綺麗な綺麗な透き通るような水色で。
あぁ、空ってこんな色だったんだって。
そう教えてくれたのは紛れもない、今隣にいる歳さんと、ここにいる新選組の皆だったんだ。

私の居場所はここにある。
だから帰らない。

橙色の太陽が顔を見せ、綺麗な水色に溶けていく。
そんな空を見上げながら始まった文久4年の年明け。


新選組烈風の時代はまだまだ続く。



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