壬生狼と過ごした2217日

□貴方が教えてくれたもの
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―――ゴォーン…


「お、始まったか!」

「この除夜の鐘を聞くと大晦日だっつーのを実感するよなぁ」

「ほら、由香も酒ばっか呑んでないで蕎麦食え。伸びちまうぞ」


左之さんから渡された丼に入った蕎麦。覗きこめば芝海老のかき揚げが乗っていてとても美味しそうだ。
持っていたお猪口を置いて一口啜れば、呑みすぎた私には調度いい味付けで濃い出汁が身体に染みた。

近くの壬生寺では除夜の鐘が突かれ、その趣ある澄んだ音が屯所中に響き渡った。
つーか、この時代から年越し蕎麦や除夜の鐘があっただなんてなんだか感慨深いものがある。
しかもそれをリアルに聞いている私は未来に帰ったら人間国宝間違いねぇだろうなぁ…なんて。

一年近くこの時代で生きてきた私。
戸惑いやホームシック、この時代に対しての嫌悪感とかすっげー色々あったけど、今は不思議と帰りたいと思わない。
それは歳さんやら他の皆とこのまま一緒に生きていきたいからという気持ちもあるけど、別の理由…そしてそれが元の時代に帰りたくない一番の理由だということに最近薄々と気付いてきた。

でもたまに無償にテレビやら車やら電車やら、文明の喧騒が懐かしくなるのもまた事実。
そういや去年の今頃は『笑ってはいけない』を見ながら当時のノリだけのメンズと酒盛りしてたなぁ…。そのあとはきゃっきゃうふふと盛ったけどな。


「まだお酒呑みたい人います?私、作ってきますけど」

「んじゃ俺頼む!」

「新八、お前呑みすぎじゃねぇか?俺も頼むけどな」

「わりぃ由香!俺も!」

「はいはい。いつもの三バカですね」

「おい!なんだそりゃ!?」


追いかけてくる裏返った声と回りの笑い声を背に勝手場へと向かう。
深夜というのもあって、広間を抜けた屯所の中は暗闇が支配き、廊下の軋む音と鐘の音だけが耳に届いた。



……あの頃の私は本当にノリと勢いだけで生きていて。
テキトーな女友達とつるみ、化粧で作り上げた顔と身体。そしていつもよりワンオクターブ高い甘えた声を武器に、毎日のように開かれる大手の商社マンや医学生、モデルなどとの合コンに出席していた。
もちろんその中にイケメンや金持ちがいれば尻尾振ってついていく。そしてそのままきゃっきゃうふふのワンナイトラブ…朝起きたら「あんた誰だっけ?」なんてのもいっぱいあった。

私だけじゃなく、回りの友達もそうだったからそれが当たり前だと、そうしなくちゃならないと思っていた。
毎日毎日、繰り返される「あの男とヤッた」「アイツは下手くそでハズレ」「今回はアタリ」などのくだらない会話。
愛のない欲にまみれただけのセックス。
その時はそれなりに楽しかったし、充実した毎日を過ごしているつもりだった。

けれど私の心が満たされることはなかった。でもそれに対しても何とも思わないし、大学生活なんてこんなもんかって。諦めにも似たような感情を抱いていたっけ。


そして…
見上げる空はいつも色のない空だった。



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