壬生狼と過ごした2217日
□風に揺れた浅葱色
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「はい。お二人にも」
「悪ぃな」
「ありがとうございます」
隊士たちにお握りを配り終え、最前列にいた歳さんと山南さんにお握りを渡せば、彼等はそれを懐に閉まった。
「帰りはいつ頃ですか?」
「はっきりとはわからねぇが、おおよそ15日ぐれぇだろう」
もうすぐ将軍家茂公が上洛する。
それにあたって今回、新撰組が主になって将軍の警護をすることになったのだという。
まずは大坂。その後伏見へと、精神的にも体力的にも結構な重労働らしい。
将軍の警護を頼まれたってことは新選組が幕府に認められたことと同じだと近藤さんらは喜んでいたけれど、将軍警護となればその分責任だって重くなるし、危険がつきまとう。
彼等ならきっと大丈夫。そう思ってはいたけれど心配しないと言ったら嘘になる。道中、何があるかわからないもの。
大坂にはまだまだ長州の残党が潜んでいるっていうし、不逞浪士だってわんさかいる。
誰も怪我なく帰ってこれればいいんだけど…
「なんだぁ?そんな不安そうな顔しやがって」
「いえ、別に…」
「不細工がますます不細工だぞ」
こ や つ め。
人が心配してりゃ、なんだいその言い様は!!
はいはい。どうせ私は不細工ですよ!
「でもそんな不細工に毎晩腰を振る物好きな男もいるんですよあはははは」
貼り付けたような笑顔を浮かべ、感情のない声ですかさずそう言えば、目の前の男はギョッとした顔で慌てて人の頭にゲンコツくれやがった。
痛い。痛いんですけれども。か弱いてめぇの女に何してくれてるんだこのやろう。
「別にその物好きな男が歳さんだって言ってないじゃないですか」
「あ゙あ゙!?んじゃ他に誰がいるんだよ////!!」
あ〜あ、この男ってば今度は墓穴を掘ってらっしゃるよ。まわりの隊士なんかはひきつり顔で笑いを噛み殺している。そうだよね、もし声に出して笑っちゃったら命の保証はないもんね。鬼上司を持つと本当、大変だわね。なんて。
「コホン」
「てめぇ////!」と私の頬っぺたをびろーんと引っ張る歳さんと「いひゃい!いひゃいれす!!」と喚く私の隣で、物凄く冷静な咳払いが聞こえた。
あ、やべ。はしゃぎすぎた。
「仲がよろしいのは結構。しかし副長。これから私達は御上の警護に向かうはずなんですがね」
そして突き刺すような山南さんの言葉。見ればニーッコリ笑顔を浮かべている。
「山南さんだけは怒らせたら駄目ですよ。あの人は普段は穏やかだけど、怒らせたら新選組一、おっかない人だから」
そう教えてくれた総司くんの言葉が頭を過る。
ああ、そういえばよく言ったもんだわ。穏やかな人ほど怒らせたら怖いって。
「ゴホン////!悪ぃな山南さん」
鬼の副長もそれを知っているのだろう。照れ隠しだかなんだかの咳払い一つすると、背筋をシャンと伸ばした。それを見てまわりの隊士たちも背筋をシャンと伸ばす。本当、鬼上司を持つともごもごもご…
「よし!そんじゃあ行ってくっからよ!」
「由香さん。留守を頼みます」
「はい!お気を付けて!」
歳さんはそう高らかに叫ぶと私の頭をクシャッと撫で、穏やかに笑う山南さん、その他一行を連れ、浅葱色の隊服を風に揺らしたのだった。
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