壬生狼と過ごした2217日
□風に揺れた浅葱色
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「…歳さぁ〜ん!!山南さぁ〜ん!!……よかっ…間に合った!!!」
屯所の門前にて点呼を取りつつ、十数人の隊士達を整列させていれば、そこに息を切らした由香が走り込んできた。
見ればでけぇ盥を抱えている。よほど急いでいたのか、今朝がた俺が一つに纏めてやった髪はボサボサ。この寒い中、着物の襟なんて大きく開いて鎖骨がしっかりと見えてやがる。それに気付いた隊士が顔を赤らめやがった。
チッ…!この女は…
眉間に皺を寄せ、舌打ちをする。
「ちったぁ女らしくしやがれ」
そう言って襟元を直してやれば、了解了解、なんて笑う。この女はあっけらかんとしてていけねぇよ。自分が魅力ある女だってぇことに気付いてんのか気付いてねぇのか…
「で、どうしたんだ。そんなに急いで」
「あの、大坂までの道中、お腹が空くだろうなと思ってお握りを作ってたんです」
そう言って差し出された盥の中を覗けば、そこには竹の皮で包んだ握り飯が山のように入っていた。
「…おめぇ、これ全部一人で作ったのか?」
「もちろん!愛情込めさせていただきました」
……だから今朝がた、まだ暗いうちから俺の部屋をあとにしたのか。この握り飯を作るために。
…ったくよぅ、んないじらしいことされちまったら口角が上がっちまうじゃねぇか。
こんなことをサラッとされちまったら男は皆いちころだ。
だからいい女だってぇんだてめぇはよ。
…ま、天地がひっくり返ってもんなこたぁ口にはしねぇがな。
「ありがとよ」
そう言って頭をクシャリと撫でれば、由香は「いえいえ」とニッコリ笑い「皆さんの分も作ってきましたー!」と、整列する隊士の列へと足を向けた。
「気がきくね、由香さんは」
「ああ。こういうところはな」
「普段はただの酒好きな女なのによ」と笑えば、隣の山南さんは穏やかに笑った。
「…気を悪くするなよ?君と由香さんが懇ろな間柄になったと聞いた時、どうしてと思ったんだ」
「……俺も不思議だったさ」
「でも年末に共に出掛けて…なぜ君が由香さんを選んだのかわかった気がするんだ。素敵な女性だよ、由香さんは」
「………おい」
「ははは。そんな怖い顔するなよ。大丈夫、横恋慕なんてしやしないよ。私には明里がいるからね」
"明里"。
そう口にした山南さんは顔を少し赤らめ、照れたように笑った。
明里は島原の芸妓だ。
先日の島原での宴の時、いずれは彼女を身請けしたいと、律儀な山南さんは近藤さんに明里を紹介していた。少し俯き、頬を赤く染めた明里を、穏やかな山南さんに似合うしおらしい女だと思った。
「くくっ、骨抜きってわけか」
そうからかうように笑えば山南さんは「悪いか」と笑ったのだった。
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