壬生狼と過ごした2217日

□孤独な男の過去と未来
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「はーじめくーん!」


部屋の前でリズムをつけながら呼んでみるも「はーあーいー」なんて可愛く返事が返ってくることはなく、かわりに少し間を置いてから「…なんだ」と愛想のない声が返ってきた。
まぁ、愛想のない返事だろうが無視されようが私には関係のないことだけどね。


「お邪魔します!」


元気よく襖を開ければ、はじめくんは手に刀を持ち、それを高く掲げていた。
キラリと鋭い光を放つそれに思わず身体が硬直する。
先日、角屋でもちらりと抜き身を見たけれど…こんなに間近できちんと見たのは高杉さんの刀以来。高杉さんの刀は綺麗だと感じたけれど、この目の前の男の刀は息をするのも忘れるほど鋭い殺気を放っていた。


「……あと油を塗って終わりだ。嫌なら背を向けていろ」

「あ…う、ん…大丈夫」


男は私の変わった気配を感じとったのだろう。刀の鋭い殺気とは違う、優しい声が私に届いた。


襖の近くにゆっくりと腰をおろし、徳利とおちょこののったお盆をそっと隣に置く。
ピリピリとした空気漂う部屋のなかを「カシャン」という音が走り抜けた。

先に一杯引っかけるのも話しかけるのもいけないような雰囲気に少し緊張してしまう。
刀は武士の魂だ、なんて言ってたからな、はじめくんてば。邪魔しちゃいけないよね。

なんだか視線のやり場に困った私は結局はじめくんの持つ刀をじっと見つめていた。
はじめくんの手によって油を塗られていくそれは、さらに輝きを増したようで反射した私の姿が写っているのがわかる。
そしてそれをいとおしそうに大切そうに扱うはじめくんは、とても優しい顔をしている。大切な"相棒"なんだろうな…と感じるほどだ。

思わずその一連の動作に見入っていれば、どれくらい時間がたったのだろう。はじめくんは今一度拭い紙で刀の油を均一にすると、鯉口に静かに切先を持っていき、一息にゆっくりと鞘の中に納め「カチャ」と鯉口を締める音を響かせた。


「待たせて悪かったな」

「あ…、ううん。私こそごめん、邪魔しちゃって」


素直にそう謝れば、はじめくんは「大丈夫だ」と笑った。が、その笑顔は私の膝元にある徳利とおちょこを見た瞬間、明らかに怪訝な顔へと変わる。


「……まさかここで酒を呑むつもりか?」

「そのまさかですがなにか」


私のなかなかの酒癖の悪さをよぉく知っているはじめくん。今日のターゲットが自分であると気付いたのか、深い溜め息なんぞをついている。「こんなことになるなら俺も島原へ行けばよかった」なんて言葉が聞こえてきたけどきっと空耳。
まぁ、はじめくんがぼやこうがそんなもん関係ねぇ。だって今日はお正月。昼間から酒を呑んだって誰も怒らないもの。

「ふふ、ちょうど呑みごろよ」とおちょこをはじめくんに手渡し徳利を差出せば、男は観念したように「少しだけだぞ」と大人しく酌を受けたのだった。



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