壬生狼と過ごした2217日

□孤独な男の過去と未来
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***


はじめくんは決して口数が多い方ではない。酒の席だけに限らず、普段から一方的に喋る私に、はじめくんが適当に「ああ」だの「そうか」などと相槌を打っていた。
今日も最初はそうだったんだけど、そういえばはじめくんと二人きりで盃を交わすなんて初めてのこと。屯所で呑むときは必ず広間で誰かしらが集まってたからね。
ならばこれはチャンスなんじゃなかろうか。ええ。はじめくんのことを知る大チャンス。


「はじめくんってさ、恋人とかいるの?」

「ッッッ////!?」


私の女の子的な質問によほど驚いたのだろう。酒を口に含んでいたはじめくんは盛大にむせて真っ赤になってみせた。
「あ、あんたは急に何をっ/////!!」なんてこんな可愛いはじめくん。何これ、いつも頑張ってる私にご褒美ですかこれ。


「いや別に。ただいるのかなぁって。はじめくんかっこいいし可愛いし」

「か、可愛いなんて男に向かってあんたは…////」


あんたは…もごもごもご…/////なんてこいつは天性のクーデレキャラだ。あああ、可愛い。可愛いよはじめくん!!


「で?いるの?」

「い、や…今はいない…が」

「ふぅん?てか今はってことは昔はいたんだ?」

「あんたには関係のないことだろう」


あれれ?さっきまで照れてたと思ったら今度はちょっと怒ってらっしゃる?
視線を反らしおちょこを傾けるはじめくん。
その様子をじっと見据えていればちらりとこちらを見、諦めにも似たような溜め息を一つついた。


「……俺も男だからな。女の一人くらいいた」

「なんで別れたの?」


私のその言葉にはじめくんの動きが一瞬。一瞬だけ止まった。
少し踏み込みすぎたかなと思っても酒が入ってる私の口は止まることを知らない。
でもいいよね?私とはじめくんは一つ屋根の下で暮らす仲。少しぐらい過去を聞いたって。

…そんな簡単な気持ちで聞いた私が間違ってた。

人間、触れられたくない過去の一つや二つはあるはず。はじめくんの表情が変わった時、どうしてそれに気付かなかったのだろう。

はじめくんは一人、手酌をはじめると小さく口を開いた。


「俺が人を殺めたからだ」


その声は感情のない声で。
今度は私の動きが止まる番だった。

どうしよう。なんて返事をしよう。
酒に酔う頭を精一杯働かせた。

そんな私を知ってか知らずかはじめくんは言葉を続ける。


「とてもいい女だった。この女なら俺のすべてを受け入れてくれる。そう思っていたし、俺はその女と生涯を添い遂げる覚悟もしていた」

「………」

「だがそんな俺の思いはただの戯れ言に過ぎなかった」

「………はじめ、くん」

「餓鬼を助けようと…旗本を斬ったのがそもそもの間違いだった。女は俺に恐怖と蔑みを含んだ目を向け、そして去っていった」

「はじめくん」

「所詮、人斬りの居場所などどこにもない。愛を注いでくれる女などいない。俺はその時そう悟ったのだ」

「はじめくん!!」


考えるより先に身体が動いていた。
畳の上におちょこが転がり、ひっくり返った徳利は中身が流れだし、ゴロゴロとはじめくんの膝にぶつかった。


「もういい。もういいよはじめくん。泣かないで」

「……泣いているのは由香の方だろう」

「居場所ならっ…ここにあるじゃない……はじめくんには仲間がいるじゃない…」


震える手ではじめくんの身体を抱き締めた。抱き締めた、というよりかしがみついたと言った方が正しいだろう。手に触れた羽織をギュッと握れば、その手の上に顔の割りには豆だらけのゴツい手が優しく重なった。


「…ああ、そうだな。由香、ありがとう」


もう何も言えなかった。
生まれた時代が違えども、過去に居場所がないと思っていたのは私だけではなかったのだ。そしてここ、新選組に居場所を見出だしたのも。
はじめくんの気持ちが痛いほどわかる。
一人という孤独感と戦ってきた彼の気持ちも。
わかるからこそあとからあとから涙が溢れ出てきた。
私がこの先、新選組と共に生きようと誓ったのと同じく、彼もまた新選組に身を捧げるつもりでいるのだろう。

もしかしたらここは…居場所を求める者達の最後の砦なのかもしれない。




「熱燗、作り直すか」

「うん!」


涙と鼻水で化粧がぐしゃぐしゃになった私の顔を見て、はじめくんは優しい笑顔を浮かべたのだった。








その後。
半ばやけ酒のように酒を呑んで酔っぱらった私の相手をすることになったはじめくんが「やはり島原へ行けばよかった」と再び嘆いたのはやっぱり空耳だったと思いたい。



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