壬生狼と過ごした2217日
□俺にはおめぇだけだ
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…………おい、副長どの。
「では土方さん、また」
「ああ、また」
ひとけのない裏口。
男と女の視線が一瞬絡み合う。女は軽く会釈すると名残惜しそうに屯所をあとにしたのであった……
…じゃなくて!!じゃなくてさ!!!
裏の井戸に水を汲みに行こうと来てみれば、なに?なんなの?なんなのこの仕打ち。
私という可愛くて美人で気が利いて素敵な彼女がいながら浮気ですか!?
………え〜…マジで…マジで浮気?ちょっと、いや、だいぶダメージくらったんですけどおい。飽きられないようにあっちの方だって上で頑張ったり、パクリとくわえたり、竿だけじゃなくて時にはタマちゃんだってゲフンゲフン!!
…歳さん、くそイケメンだし、モッテモテだし、やっぱ私以外にも女がいるのかもしれない。本当の歳さんを知ってるのは私だけ…なんて思ってたのにえーーーん!!!
あああ、落ち込んだと思ったらだんだんイライラしてきましたよ!!
くそ、顎が痛くて悩んでた日々を返せこのやろう!!…じゃなくて、さっき、現場に踏み込んでグーパンチの一つや二つ、お見舞いしてやればよかったぜ!!
次は使い物にならねーように噛みちぎってやる!!じゃなくて。
「あれ?由香ちゃんじゃねぇか。こんなところで何やってんだ?」
「!!!」
柱の影に隠れてイライラと地団駄を踏んでいる私の背中に、知った男の声が投げ掛けられた。
ビクッと振り返れば道場で稽古してきたのだろう。ムッキムキの上半身に輝く汗が眩しいあの男の姿。
「し、新八さん!!!」
「ん?どうし…」
歳さんに聞かれたかもしれない。なんせこの男の声はカラスも逃げ出すほどのバカでかい声だもの。
慌てて新八さんの口を塞げば、それに驚いた新八さんが後ろに倒れこんで尻餅をつく。
突然押し倒された新八さんは「由香ちゃん!こ、こんなところで////!!」などと、赤面しながらなにやらモゴモゴ言っていたが、今はそんな勘違いにかまってられない。
左之さんとならまちがいはあるかもしれないけど、大丈夫、あなたとは絶対にないよ…じゃなくて!!!とにかくもうそんなことはどうでもいい。
つーか絶対歳さんにバレた。
ああ、悪いのは向こうなのになんで私が隠れたりせなゃならんのだ。
複雑な思いが胸中を渦巻くなか、目の前の新八さんの顔色が赤から青にサーッと変わった。それプラス背中に突き刺さるような殺気。
やっぱバレた…そう思った瞬間。
「てめぇら…俺の目の前で浮気たぁ、いい度胸してんじゃねぇか」
地を這うような低い声が耳に届いた。
まぁね、振り返れば間違いなく奴がいたわけでね。完全なる被害者の新八さんに、ごめんなさいと心から思いました。
***
「で?」
「なにが」
「ああ!?」
自分から進んで正座をした新八さんを挟み、言葉少なに会話を進める私たち。
歳さんてばなんかイライラしてるようですけどね、私は謝るようなこと、一切してませんからね?
私のイライラ度がマックスに到達すれば、勘のいい鬼の副長は何かを感じとったのだろう。大きな溜め息を一つこぼすと、私に向き直った。
「なんでおめぇが不機嫌になるんだよ」
「ご自分の胸に聞いてみたらいかがです?」
「心当たりなんかなんもねぇぞ」
「ああ、そうですか。そうおっしゃるんでしたらもういいんじゃないですか、なんでも」
「はぁ!?おめぇ、言いたいことがあるんならハッキリ言ったらどうだ?」
「別に」
「別に、じゃねぇ。ハッキリ言えって言ってんだ」
「あ〜もう!うるさい!この浮気男!!さっき見たんだから!!女と一緒にいるの!!」
あら、やっちまった。
感情に任せてそう怒鳴りつければ歳さんはおろか、正座をしながら私と歳さんの会話のキャッチボールを黙って見ていた新八さんまで目を丸くした。
「土方さんが……土方さんが浮気だって!!?」
何度も言うが、この男の声はバカがつくほどでかい。たまたま稽古で汗を流したのだろう隊士達が井戸へ向かう道中、その声とその内容に驚いて顔を覗かせた。
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