壬生狼と過ごした2217日

□☆驚き桃の木山椒の木
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***


夜。
徳利とお猪口を片手に歳さんの部屋を訪ねれば、男は昼間見た時と同じように文机に向かっていた。

「呑みます?」と聞けば、下戸な男にしては珍しく素直に「ああ」とお猪口を受け取った。


「珍しいですね」

「何が」

「お酒、ですよ」

「たまにはな」


そう笑って男はお猪口を一気に傾ける。ああ、なんか素敵。そう思ったのは内緒だ。


「そういえば歳さんにお兄さんがいたなんて知りませんでした」

「ああ?言ってなかったっけか」


日野に帰ることがあればおめぇも紹介してやるよ。
そうサラリと言ってぬけたこの男。
…それって、それってさ、どういうつもりで言ったのよこの男ってば。
こ、こういうところも踏まえて歳さんてば天然のタラシだとつくづく思いました。うん。


「ご、ご両親は」


変な動揺から少し吃りぎみにそう聞いた私に、歳さんは少し口角を上げた。
ああ、なんだか恥ずかしいし変な緊張が…


「親はとっくに死んだよ」


…死ん、だ。
あまりにも淡々とそう言った歳さんに、それまでの動揺や緊張は一気に消え去った。


「父親は俺が産まれる前に死んだ。母親も俺が6つの時にな」


だから、俺の親代わりは為次郎兄さんやのぶ姉さんだったんだ。
そう笑う男の笑顔は…

なんだか触れちゃいけなかった気がした。
この時代の人は現代人に比べて早逝のようだし、両親がいないなんてことはザラだ。
でも…死んだよ、と言った歳さんの瞳に寂しさの陰りが見えたから。
もしかしたら歳さんは…

彼の鬼の副長と呼ばれる冷徹さは、もしかしたらその親から注がれる当たり前の愛情に飢えていたからかもしれない。

男はその寂しさを押し殺すようにお猪口を一気に煽ったかと思うと、私の膝を枕に、ゴロンと身体を横にし足を投げだす。
そっと頭を撫でれば盛りがついたのか、男は私の腰に絡み付いた。


「……由香」


掠れたその甘い声は
注がれる私からの愛を確かめるように

触れたその手は
その愛を逃がさぬように


行灯の灯りに照らされながらただの男に戻った彼は、ゆっくりと私を押し倒し、唇に噛みついたかと思うとそのまま首もとに顔を埋めたのであった。




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