壬生狼と過ごした2217日

□迷わず行けよ、行けばわかるさ
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***



「しかし…古高を洗ってみればこんな大物だったとはなぁ…」

「俺なんか何度か桝屋に世話になってたぜ」


広間へと集まった皆が束の間の談話を楽しんでいる一方…
上座に座る近藤さんと源さんを見れば、何やら二人とも難しい顔をしながら何かを思案しているようだった。
今夜は大々的な捕物が行われる手筈だ。きっとそのことに感してなんだろうけど…


「お二人とも、どうしたんですか?難しい顔しちゃって。今夜は待ちに待った捕物でしょう?」

「む…、そのことなんだがなぁ…」

「なにか不都合でも?」

「攘夷志士らは毎夜場所を変えて会合をしている。その場所は古高ですら把握していない。果たして今夜はどこで会合が行われるか…」

「では小隊をいくつか作り、市中の旅籠やら妓楼やらをしらみ潰しにあたってみては」

「それなんだよ」


今の新選組(うち)は病人やら怪我人ばかりで、正直人数が足りないんだ。
僕の問いに近藤さんは溜め息交じりでそう愚痴とも取れる言葉を溢した。

確かに最近の新選組には病や怪我のため床に臥せている者も少なくない。現に僕が率いる一番隊も、今は片手ほどの者しか動けるものがいないのが実際のところだ。
でも確か今日の捕物は…


「でも今日は会津藩も出動するんじゃなかったんでしたっけ?」


古高の自白を元に、会津藩は元より所司代や諸藩に出動要請の早馬を走らせ、その同意を取り付けたと聞いている。
会津藩が同行なら小隊を作るのも容易いはずだけれど…


「会津藩には残滓処理をしてもらうつもりだ」

「え?」


僕の率直な疑問に嘲笑を含んだ声でそう返してきたのは、身なりを整えてきたのだろう、スッと開いた部屋の入口に立つ歳三さんだった。
敷居を跨ぎ、静かに襖を閉めた歳三さん。そのまま近藤さんの隣に腰を下ろせば、先程までの和やかな部屋の雰囲気は一変。一気に緊張を持ったものへと変貌した。


「歳三さん、会津藩に残滓処理をさせるって…一体どういうことなんです?」

「いいか?よく聞け」


最早その鋭い口調は歳三さんのものではない。獣に食いつくされた鬼の副長そのものの"それ"だった。


「今日の捕物は新選組の名を世に知らしめるのに絶好の機会だ。もし会津藩と共に捕物したとすれば、奴等に手柄を全て持っていかれちまう。そうさせないためにも、俺達新選組は奴等より早く、そして単独で捕物へと向かうんだ」


予想もしなかった副長の言葉に、幹部の皆はどよめきの声をあげた。
もしそれを実行すれば、小数で踏み込むこととなる新選組(うち)に勝機はあるのだろうか。
剣に自信のある僕ですら見込みは五分(ごぶ)と見るのだから、平隊士からしたらそれはもう、博打に近いような気もする。
歳三さんの言い分ももちろんわかる。わかるけれど…

いつもは歳三さんの意思に添う僕も、今回は易々と首を縦に振ることは出来なかった。


「土方さんよ。もし小数で踏み込んだとしても、相手は30名以上いると聞く。優勢に持ち込める確証はあんのかよ」

「トシ、やはり今回は会津藩の力を借りたほうが…」


新八さんや近藤さんですら僕と同じように単独での乗り込みには疑問を持ったのであろう。若干強い口調で歳三さんに食らいつけば、すでに鬼と化した"男"はそれをはね除けるように冷たい視線を向け静かに口を開いた。


「じゃああれか?ビビって事態を静観するか?みすみす獲物を逃し、尻尾を巻いて逃げるか?」

「………」

「違ぇだろう?出来ねぇんじゃねぇ。やるんだ。てめぇが一歩踏み出しゃあなんだって出来んだよ」


ビリビリと伝わる殺気は気のせいではない。しぃんと静まった部屋の中、あの近藤さんですら息を飲んだのがわかった。


「いいかてめぇら。こらぁ、一旗上げるのに絶好の機会じゃねぇか。新選組の名を…てめぇの名を世に知らしめてやろうじゃねぇか」


……ははっ、僕としたことが…
どうやら見えぬ敵に少しだけ怖じ気付いてしまったようだ。
そうだった。僕は新選組の剣。誰もが恐れる新選組の修羅。
そんな僕が怖じ気付いてどうする。


「歳三さん…いや、鬼の副長殿」


部屋に陽気な僕の声が響く。


「地獄までお供しますよ」


そうニッコリと笑えば、鬼は当たり前だと言わんばかりに「ああ」と口角を上げた。
まるでこの状況を楽しんでいると言わんばかりに。




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