壬生狼と過ごした2217日

□迷わず行けよ、行けばわかるさ
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気分は晴れやかだった。
さっきまでの気分の塞がりは一体どこに行ったのか。切り替えの速い女で良かったと、今日ほど思ったことはない。

やっと気付いたんだ。覚悟を決めるということがどういうことか。
今度こそ本当に迷わない。今度こそ私はこの時代に居場所を作ることができる!
一歩踏み出しゃ何でもできる!元気があれば何でもできる!!
よーし、やってやろうじゃねぇか!!


「…よしッ!!あとこれも…」


部屋へと駆け戻った私は、再び自分の荷物を引っ張りだし未来から着てきたワンピを手に取った。それをハサミで手頃な大きさに切り揃える。テンパってると思うでしょ?違うんだなこれが。これは…

――スパン!!

再びワンピにハサミを入れたと同時にすごい勢いで部屋の襖が開いた。


「おめぇ…気でも触れたか?」


ビクッとなりましたよ私。危うく指まで切っちゃうところでしたよ。なのに驚かせた当の本人はそんな冷たいこと言うんですからね。この男には本当に鬼の血が通ってるんじゃないだろうか。


「失礼なこと言いますね。これは…」

「今夜は遅くなる」


どうやら鬼の耳は飾りのようです。私の言葉になんか一切反応せず、あとで持っていこうと洗濯して畳んで置いてあった男の浅葱色の羽織をバサッと勢いよく広げた。
「必ず帰ってくるから心配しねぇで寝てろよ」なんて言いながらその羽織に腕を通す男。ああ、こいつは駄目だ。そう思ってグイッと袴を引っ張れば「あぁん?」と言わんばかりの険しい顔でやっと私にその視線を向けた。


「私も一緒に行きます」

「はぁ?」


予想もしていなかっただろう私の言葉に、男はその険しい表情とは裏腹になんとも間抜けな声を出した。


「おめぇ、何言って…」

「だから!!今夜の捕縛に私も行くって言ってんですよ」

「…おめぇ、やっぱり気でも触れたんじゃねぇか?」

「これ…この未来の洋服、包帯の代わりになると思って切り分けました」

「………」

「きっと斬り合いになるんでしょう?誰か怪我をするかもしれません。その場で手当てすれば…」


難しい処置こそ出来ないが、思い返せば高校生の時、授業で怪我の応急処置を習っていたことを思い出した。
さすがに刀傷の処置法ではなかったが常識範囲の怪我の処置なら私にだって出来る。それに深い刀傷だって、すぐに止血すれば一命を取り留められるかもしれない。
「きっとお役にたてると思います!」そう口にし、立ち上がった瞬間。
それまで静かに向けられていた鬼の視線に鋭さが加わり、思わずゾクリとした感覚が背筋を撫であげた。


「駄目だ」

「嫌です、行きます!」


懇願する私なんてまるで無視するように鬼はそのまま部屋の襖に手をかけた。
でもこのまま振りきられてたまるか。
やっと一歩踏み出す気になったんだもの。やっと…

浅葱色の羽織をこれでもかと握りしめ、「歳さん!」と大きな声を上げれば、男は怪訝そうに、そして横目で私を小さく見下ろした。


「待って、お願いです!一緒に連れていってください!!私も皆の役にたちたいんです!!」

「……いいか、今回の捕縛は俺達の命を賭けた戦いなんだ。遊びじゃねぇんだよ!!」


突如出された大声に、ドキッと心臓が高鳴ったのがわかる。
でも負けるもんか。私だって、私だって…!!


「わかってます!!私だって本気なの!!私だって、皆の役にたちたい…」

「…駄目だ」

「歳さん!!」

「駄目だ!!」


しっかりと掴んでいたはずの羽織は無情にも振り払われ。私はその勢いで思いきり部屋の畳に倒れてしまった。
急いで見上げれば、そこには私の大好きな歳さんの優しい姿なんてなく。代わりに鬼と呼ばれるに相応しいであろう、新選組副長の姿がそこにあった。


「てめぇには山南さんに付いててもらう。いいな?大人しく屯所で待ってろ」

「ッ…」


さっと踵を返し足早に去ったその背中。私は散らばった包帯代わりの布を握りしめながら、見えなくなるまでその背中を見据えていたのであった。




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