壬生狼と過ごした2217日

□迷わず行けよ、行けばわかるさ
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――結局。私は桝屋さんの手当てを手伝うどころか、蔵の中に足を踏み入れることさえせずにその場を後にした。
だって自分の弱さを思い知ってしまったから。
そして私に出来ることは何もない。そう気付いたから。

…目の当たりにした桝屋さんの瀕死の姿。淡々と手当てをする山崎くん。そのそばで「今夜は大物捕りだ」と意気込んでいた新八さんと総司くんと、その様子を静観していた平助。
そして…見たこともないような険しい顔で、拳を握りしめていた山南さん―…

もうどうしていいのかなんてわからないくらい完璧に蚊帳の外だった。
案の定、フラフラとその場を立ち去る私に声をかける者は誰もいなかった。まるで最初からそこに私なんかいなかったかのように。







静かに自分の部屋の襖を開ければ、開け放たれていた窓からはジリジリと初夏の陽射しが差し込んでいた。
暑いはずなのに、薬と絆創膏を握りしめた自分の手は冷たい。

…こんなもん、役に立たなかったな。
握りしめたそれを戻そうと、天袋の奥からバックを取り出そうと手を伸ばした。
が、知らず知らずのうちにその手は震えていたのだろう。
バックは私の手から滑り落ち、無惨にもその中身はバラバラと畳の上に転がり落ちた。


「あ〜あ…」


拾わなきゃ…
ストンと腰を下ろし、落ちていた財布や手帳を手に取る。

…そういやこの財布、結構長い間使ってるんだよなぁ…
外資系の男が次のデートの時買ってくれるってベッドの中で言ってたっけ…
この手帳カバーも業界関係の男が…
…この腕時計も、この化粧ポーチも全部違う男が……


……私、未来で何やってたんだろう。
やっぱり…私、なんか……

拾う手を止め、一つ、小さな溜め息をついた。


…未来に私の居場所は無かった。
ここに来て…この時代でやっと私の居場所を見つけた。そう思っていたけれど。

いくら新選組の皆が、ここに居ていい、ここがお前の居場所だと言ってくれてもやはり違う。だって新選組(ここ)で私が出来ることなんて何も無いもの。
剣を握れるわけじゃない。かと言って怪我人の手当てもできるわけじゃない。女中なんて肩書きはあるけれど、ご飯を作るのも、洗濯をするのも、掃除をするのも…私じゃなくても誰でも出来る。現に最近は平隊士達が私よりも要領よくそれをこなしてくれる。私は時間を持て余す一方だ。
手透きの時間が増えるごとに私は必要ない、そう言われているようで。
皆と談話をしたりお酒を呑んだり…歳さんと二人の時間を過ごしたり。そういうことは楽しい。楽しいけれど…

怖い。そう思った。

斬りあいを良しとするこの時代が怖いんじゃない。私という異世界の自分がこの時代での役割も居場所もない。そう思うことが怖かった。そしてそれをわかってるのになんとかしようとしない、何も出来ない自分が悔しかった。
未来で大した存在意義が無かった私は…この時代でもやっぱり無いの…?
思い過ごしだ、勘違いだと思っていたその負の心はいつの間にかキャパを超えていたようで。その思いは溢れるように込み上げ、ポッカリと心に空いた穴を埋めるように私は声を殺して泣いたのだった。



***



どの位の時間、そうしていただろうか。
いつまでもこうしてたって仕方ない。
落ち着きを取り戻した私は再び散らばった荷物を力なく拾いはじめた。
そこで手にした手鏡。ふとそれを覗きこめば酷い顔の自分が写っていた。
せっかく気合い入れて朝早くした化粧も涙でグチャグチャになってる。マスカラなんか見る影もない。ファンデはほぼ落ちてるし、目も腫れてる…クソ不細工。
目を冷やすのも心を洗うのも兼ねて、ちょっと顔洗ってこよう。
さすがにちょっとこれは、ね…
放心状態ながらもこの不細工さには笑えるわ。

そう自分を嘲笑った私はそばにあったタオルを掴み、静かに立ち上がり井戸へと向かった。




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