壬生狼と過ごした2217日
□賽は投げられた
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やっと…見つけた……
闇に包まれた僕の心の臓がドクリと跳ねる。そしてそれは徐々に、徐々にと高揚を増していく。
クスッ…よかったね、これでやっとお前も旨い血が吸えるよ。
小さく口角をあげ、腰にぶら下がる菊一文字をそっと撫でれば待ちきれないとばかりに僕の中で修羅が眼を覚ます。
さぁ、今宵はどんな獲物が待っているのか…
*
宵々山の雰囲気はすっかり落ち着き、街が暗闇の静寂を取り戻し始めた頃。
浪士達が会合しているであろう場所がようやく見つかった。
三条小橋にある旅籠池田屋。
あろうことか、先の潜伏で山崎くんが行商人として出入りしていたところの一つだ。
「裏口に立て掛けてある銃と槍の数からいって間違いないぜこりゃ」
新八さんの言葉に裏口を覗けば、そこにはなるほど、旅籠には似つかわしくない物騒なものがところ狭しと丁寧に立て掛けてある。
その様子から、ここに獲物が潜んでいるのは間違いない。しかしどうやら今夜の獲物はそう容易く狩らせてもらえそうにないようだ。
気配を殺し、どうしたことかと首を捻る頭上で、軒先にぶら下がる池田屋と書かれた提灯の灯が妖しく辺りを照らしていた。
「トシの小隊はまだ来なそうか?」
「きっとまだ鴨川の東側を捜索しているものかと」
「ではやはり数人で踏み込むしかないのか……しかし…」
ああもう…!焦れったい!!
このままここで歳三さんらの小隊を待っていたんじゃいつになるかわからない。
それに…目の前にいる極上の獲物をみすみす逃がしてしまうことになるかもしれない。
今日は相棒の菊一文字(こいつ)にたっぷりの血を吸わせてやりたいからね。
それだけはなんとしてでも回避しなくちゃいけない。
「近藤さん。グズグズしてると逃げられちゃいますよ」
獲物の銃と槍を縄でくくりながらそう訴えた僕の声はきっと誰が聞いても苛つきを含んだものだったと思う。その証拠に近藤さんは小さくため息をつき、眉間に深く皺を刻んだもの。
でも今はそんなことどうでもいい。相手が大好きな近藤さんだろうが関係ない。僕の修羅という本能が早く獲物を斬りたい、早く血が吸いたいと、疼いて疼いてしょうがないんだ。
「踏み込むのは僕を含め、近藤さん、新八さん、平助。この顔ぶれで何を迷うことがあるんです?」
「だが…」
「やだなぁ、近藤さんてば。忘れちゃったんですか?どれだけ僕達が強いか、それは試衛館の道場主である近藤さんが一番よく知っているはずでしょう?」
試衛館の道場主。
その言葉に指揮官である近藤さんの表情が一気に士気を含んだものに変わった。
言葉は悪いけど…近藤さんをなんとかしたいときはこの言葉を出せば一発だ。なぜなら近藤さんは武士への憧れが強いとともに、試衛館の道場主であることに誇りを持っているから。近藤さんに発破をかけるのはこの言葉が一番だと、子供の頃から付き合いのある僕はそれを知っている。
ま、どちらにせよ僕達が強いのは紛れもない事実なのだから。
「さ、僕の準備はとうに出来ていますよ」
まだかまだかと心の奥底で騒ぐ修羅を押し殺すように、ニッコリと笑顔の仮面を被る。そして、極めつけだと言わんばかりに菊一文字の鯉口をきれば、ついに優柔不断な近藤さんが首を大きく縦に振った。
「……よし!ならばこのまま踏み込むぞ!皆も準備はいいか!?」
「おう!!」
賽は投げられた。
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