壬生狼と過ごした2217日

□★瀬戸際に見えたもの
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ヤバイ…私ってば某サッカー選手並に持ってるかもしれない……

三条小橋っていう名前は聞いたことがあった。
あれは高杉さんと長州藩邸の近くを散歩していた時のこと。
「三条小橋で喧嘩や!」との町の人の声に、光の速さで野次馬参列した私と高杉さん。それがまた夫婦喧嘩の取っ組み合いで、旦那さんの方がマシュマロ女子の奥さんに川に突き落とされたという結果だったからよく覚えていた。

「三条小橋」
確か、長州藩邸の近くだったはず…!!
思い出しながら真っ暗闇の中、ちょっとビビりながらも全速力で駆け抜けてきた私の視界の先には、この時代の夜の町には相応しくないほどの人混み。
絶っ対…あれ、池田屋…!!
息切れしながらもたどり着いた人混みの先を見れば、軒先に揺れる提灯に池田屋の文字。
すごい、私ってば、ほんと、持ってる…!!


「壬生狼と長州の斬り合いやて!」

「長州に斬り伏せられたらええのんに!」


なんか軽く悪口みてーなのが人混みの中から聞こえてきたけど、今はそんなの気にしてる場合じゃない。
息を整え、その人混みを掻き分ければ、表玄関の中に浅葱色の羽織を確認することができた。
あれは誰だ?谷さん、かな?

「谷さん!」
そう叫んで一歩前に出た時だった。
表玄関から肩を組んだ二人が転がるように出てくる。浅葱色の羽織は血だらけ。一人は意識がないのか、ぐったりとしている。
その顔を確認して「ひっ、」と小さく息を飲んだ。だって、だってあれは…


「平助!!!!」


迷わず駆け出せば、その震える叫び声が耳に届いたのか、こちらを見た新八さんは驚いたように目を丸くした。


「由香ちゃん!!?なんでここに…!!」

「理由はあとで!!それ、それよりへ、平助は…」

「額割られてるが傷は浅い!ちっとばかし血を流しすぎたみてぇだ!!」

「すぐに手当てを!!」


誰かが怪我したをした時のためにと持ってきた救急道具。まさか本当に使うことになるとは思わなかったけどやっぱ持ってきてよかった…!!

邪魔にならないところに平助を横たわらせ、急いで風呂敷を広げる。
そこでハッと気付いた。


「新八さん!新八さんも指が…!!」

「ああ、ちっとヘマしちまった」

「ちょっと待ってください!!」


今にも池田屋の中に戻ろうとする新八さんを捕まえ、血だらけのその指に焼酎をかける。肉が削がれたその傷に思わずクラリときたけれど、そんなか弱いこと言ってられない。ざっとだけど包帯がわりの布切れを巻けば、新八さんは笑顔を見せた。


「ありがとな!俺は戻るからよ、平助を頼む!」

「わかりました!!気を付けて!!」


その背中を見送り、ふぅと小さく息を吐く。さぁ、次は平助だ。傷は浅いっていうからきっと貧血でも起こしたんだろう。
大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫。
自分に言い聞かせるようにブツブツと言いながら、焼酎を染み込ませた布切れで血だらけの額を優しく拭う。思ったよりも傷口は大きかったが、新八さんの言う通り浅かったのだろう。すでに血は止まっているようだ。

よかった…

小さく胸を撫で下ろし、もう一度傷口を消毒する。安堵の涙が込み上げてきたが、グッと堪えた。泣いてる場合じゃない。この現実と私は向き合って、共に戦って生きていくって決めたんだから。
タオルを小さく畳み、傷口を塞ぐ。タオルを見られると色々厄介だからその上から包帯でぐるぐる巻いた。
たぶんこれで大丈夫。動かなければ傷口の状態からして開くこともないだろう。
ほんとよかった…これくらいで済んで…


「平助、平助!!わかる!?」


気を取り直し、肩の辺りを何度か叩くと平助はやっとその目を開けた。ああ、大丈夫だ。


「ッ…由、香……!?」

「うん」

「どう、して…」

「私も皆と一緒に戦いたくて。私も新選組の一人だから」

「…そ、か」


さすがに身体は起こせる状態じゃなかったんだろう。平助は驚いた表情を見せたが、すぐに小さく口角をあげ私の手をギュッと握ってくれた。もしかしたら堪えていた涙を見られたのかもしれない。
こんなときまでもう…平助ってば優しいんだから…







「他の皆は?」

「土方さんたちは…まだ来ねぇ。裏口の平隊士が…、やられた」


その言葉を聞いて「じゃあ裏口に…!」と腰を上げた私を平助は「もう手遅れだったんだ…!!」と怒鳴って止めた。


「それに裏口はたぶん…、斬り合いが続いてる」


斬り合い、が。
その言葉に平助の傷や新八さんの傷が目に浮かび、ぞくりとした悪寒が背中を走り抜けた。まさか、ぬくぬくと現代で生きていた私が斬り合いをこんな身近なものに感じる日が来るなんて。ほんと、想像もしてなかった。

ふと池田屋の方を見れば、その中からは様々な"声"が聞こえてくる。なかには耳を塞ぎたくなるような"声"も。
それを聞いてか、人混みの中からは「壬生狼は鬼や!!」と、新選組を非難するようなヤジが絶えず上がっていた。
それはまさに以前の私の胸中と言ったところか。でも今は違う。皆の戦う理由を私は知っているから。



「そういや…総司見たか?」

「え?ううん。私、まだ来たばっかだけど」

「あいつ…、上からまだ戻ってきてねぇかもしれねぇ。もしかしたら…」


平助の言葉に今度こそクラリとした。
総司くんが戻ってきてないかもしれない?もしかしたら?…もしかしたらって何?

私の顔色が変わったのを平助は見逃さなかったんだと思う。ハッとした様子で「いや、でも総司に限ってな!もしかしたらもう下で刀振り回してっかもしれねーし!」と言葉を続けた。

でも私は"もしかしたら"って言葉が頭から離れない。
もし総司くんが斬られて怪我をしていたら…?その場に倒れていたら…?
いや、していないかもしれない。平助の言う通り、下で刀を振り回してるのかもしれない。
でも…もしかしたら…

斬り合いの中をくぐり抜けるのは怖い。怖いし皆の邪魔になってしまうかもしれない。
でも…
でも傷を負った仲間をそのままにしておくわけにはいかない。もしかしたら今手当てすれば、その仲間は助かるかもしれないもの。


「…おい。馬鹿なこと考えてねーよな?」


握られた手に力が入る。きっと私の手の震えが伝わったのかもしれない。やだ、平助ってば。お前は浮気を疑う嫁さんかっつーの。
……勘が鋭い。


「ちょっと見てくる!!」

「おいっ、待て…!!ふざけんな!!!」


もう止められたって止まらない。
傷を負った平助を怒鳴せたのは申し訳ない。でももう迷わないって決めたんだもの!!

私は握られていた平助の手を振りほどき、怒号を背に受けながら池田屋へと迷わず飛び込んだ。




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