壬生狼と過ごした2217日

□★瀬戸際に見えたもの
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――静かだ。
梯子段の下でいくら待ち構えていても、敵も味方も降りてこねぇ。
かと言って上で斬り合いが始まった気配も感じねぇ。
いったい、どうしたってぇんだ?


「…新ぱっつぁん」

「ああ、わかってる。だがそのうち…!!」

「!!!」


それは新ぱっつぁんが小さく口を開いたのと同時だった。
敵の浪士の影すらなかった裏口から「ぎゃああぁ!!」という叫び声が聞こえたのは。
次いで聞こえてきた「奥沢!!」との声。奥沢っていやぁ、うちの平隊士じゃねぇか!!


「チッ!上の窓から飛び降りてきやがったか!!」

「ちょっと俺、様子見てくるわ!!」


梯子段には人の気配がないのを確認し、裏口が気になった俺は「頼む!」という新ぱっつぁんの声を背にそちらへと走り出した。







「と、藤堂さん!奥沢が!!」


裏口に出てみると、そこには数人の浪士たちに囲まれ、やっとのこと刃を交えている安藤と新田の姿。そしてその傍らには頭から肩にかけてバッサリと一文字に斬られ、血を吹き流している奥沢が倒れていた。奥沢がすでに魂なき抜け殻になっているのは誰の目に見ても明らかだ…


「奥沢ッ!!」

「ヤァァァ!!!」


それでも、急いで奥沢に駆け寄ろうとすれば、横から一人の浪士が俺に斬りかかってきた。
それを素早く弾き返し、「ご免!」と大上段から斬りおろす。その太刀は寸分の狂いもなく浪士の首から腹を駆け抜けた。辺りに響き渡る浪士の断末魔の叫び。そして暗闇の中でもはっきりとわかった。真っ赤な血飛沫をあげながら俺を怨めしそうな眼で見、その場に膝から崩れ落ちる浪士の姿が。
その浪士の眼と、刀から伝わる肉塊を斬った手応えに胸中を何かが駆け抜ける。その正体がわからない"何か"に、俺は血糊のついた刀をピッと振り下ろすとギリリと奥歯を噛み締めた。

……まただ。またこの気持ち。

いつからだったか。人を斬るたび、この"何か"が胸中を駆け抜けるようになったのは。
その"何か"は俺に刀を振るうことを迷わせ、少しずつ、少しずつ大きくなっていってる。

…本当はわかってるんだ。人を斬ったって何も変わらないってことは。
でも俺は…未来の平和のために剣を振るうって決めたはずだ。新選組として生きていこうと決めたはずだ。それを…何を迷うことがあるってぇんだ…


「平助ぇっ!!」

「ッ…!!!」


突然の聞きなれた怒号にハッと振り返れば、俺は視界に鋭く光るそれを捉えた。

斬られる…!!
そう思ったのも束の間。それを遮るように稲妻のような閃光が駆け抜けた。ヒュッという鋭い音と同時にババババッと血飛沫が舞う。浪士から流れるその血潮は俺の足元を真っ赤に染めた。


「何を突っ立ってる!斬られたいのか!!!」

「ッ、すまねぇ近藤さん!!」


「安藤!新田!お前らは一度引け!!」という近藤さんの怒号にその視線を追えば、先程敵と刃を交えていた平隊士達が荒い息遣いで片膝をついていた。よく見りゃ二人とも相当な深手を負っているようだ。
クソッ…!俺は何を迷ってるんだ!!今はこれが正しいかなんて考えてる場合じゃねぇ!!
ここは戦場。今俺が出来ることは、刀を振るい、仲間の援護をすることじゃねぇか!!


「ここは俺が引き受けた!お前は中庭を頼むッ!!」

「わかった!!」


近藤さんの言葉に俺は迷いを振り切るように大きく頷くと、今一度刀を握り直し中庭へとその足を向けた。





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