壬生狼と過ごした2217日

□すべては志のために
2ページ/3ページ








急な階段を上りきるとそこは怖いくらい静かだった。
敵の姿も、そして総司くんの姿も見当たらない。恐る恐る一歩踏み出せば、廊下の軋む音だけがやけに大きく耳に届いた。

総司くんはどこにいるのだろう。やっぱりもう、下で刀を振り回してるのかな。それとも本当に…

嫌な予感が胸の中でざわめき始めた時。一番奥の部屋で行灯の灯に照されたのであろう、何かの影が揺らめいたのが見えた。

もしかしたらあそこに…

額から流れ落ちた汗を拭い、一歩、また一歩と奥の部屋へと足を進める。自然と握りしめた拳が小さく震えていたのに気付き、目を閉じて深く深く、深呼吸を一つした。

大丈夫、きっと全部大丈夫。

徐々にハッキリとしてくる影が二つの人影だとわかるまでそう時間はかからなかった。そしてその二つの人影が今、まさに対峙しているのであろうことも。

息をするのも忘れ、緊張感を押し殺しながら覗いた部屋の中。そこでは息が上がった男二人がにらみ合いながら刀を構えていた。
僅かな灯りに目を凝らす。やはり片方の男は総司くん。そしてもう片方は…
あの男、なんだか見たことがある。誰だっけ…そしてどこで見た…?

それよりもこの緊張感と殺気に今にも押し潰されそうだ。
総司くんが無事に剣を振るっているとわかった今、私にできることは何もない。というか、このままここにいたら間違いなく足手まといになる。きっと、いや絶対すぐにこの場を離れた方がいい。しかも目の前の二人に気付かれずに。

……なぁんていう私の考えってば、やっぱすげー甘っちょろかった。
静かに一歩、後退りをしたと同時に「由香さん」と、明らかにブチキレた総司くんの声が耳に届いた。ビクッとしてもう一度部屋の中に視線を戻せば思わず「ひっ」と声が出そうになりましたよ。だって総司くんてば敵と対峙しつつも、そりゃあもう、氷というか北極南極レベルの冷たい冷たい笑みを浮かべながら私にまで殺気を送ってやがったんだから。


「こんなところで何をしてるんです?」

「……あっ…と」


総司くんてば怒ってらっしゃる!!と背筋を凍らせた私からは「ぐふっ」なんていう気持ち悪い笑い声が漏れる。そのマヌケな声に反応したのかしてないのか、ちらりと振り返った敵の男の眼にやはり見覚えがあった。そしてそれはどうやら相手も同じだったみたいで。
私を上から下まで舐めまわすように一瞥すると


「お前は…確か古高のところで…」


と声を漏らした。

…古高……
そうだ、思い出した。やっぱりこの男とは一度だけ会ってる。あの桝屋さんで。
新選組に対して明らかな敵意と嫌悪感を見せ、私に足のすくむような殺気を送った男。只者じゃないと感じた私の勘はどうやら当たっていたみたいだ。


「由香さん、邪魔です。斬られても知りませんよ」


クスッと笑う総司くんだったが、私はそれに反応できないでいた。総司くんの言葉が冗談だろうが冗談じゃなかろうが、目の前の殺気だつ男たちとその手が握る鋭く光りを放つ"それ"に正直足が震えた。
ドラマの撮影でも映画の撮影でもない。初めて遭遇した本当の命の奪い合いの緊張感に簡単に飲み込まれたのだ。
きっとこの数分後にはどちらかの命は尽きている。それを当の二人ともわかっている。わかっていて刀を振るい合ってる。
その光景を目の前にしても私にはどうしてもそれが理解できなかった。
そうまでして彼らが守りたいものは一体なんなのか――…




次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ