壬生狼と過ごした2217日

□すべては志のために
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「しかし…あなたもしぶといですね。いい加減、降参したらどうですか」


返事のない私に総司くんは私の胸中を悟ったのだろうか。
再び浪士に意識を集中させ、あがる息を整えながらもふっと口角をあげた。
浪士は総司くんのその言葉に今一度刀を握り直したかと思うと「そりゃあこっちの台詞ばい」とハッと笑みを溢す。そして間を空けることなく言葉を続けた。


「丈夫見る所あり。決意してこれを為す。富岳崩るるといえども、刀水渇るるといえども、また誰かこれを移し易へんや」

「………」

「誰がなんといっても、男児がいったん決意したことは、たとえ富士山が崩れ、刀水が枯れるというような異変があっても志をかえることはできない」

「……」

「………今は亡き俺の親友、吉田松陰の言葉ばい」


浪士の言葉に思わず息を飲んだ。なぜなら吉田松陰という名前に聞き覚えがあったから。


「吉田松陰先生っつってな!俺の尊敬する大先生なんだ!!」
そう笑って、吉田松陰さんのことを物凄い笑顔で話してくれたのは高杉さんだ。
そしてこの目の前の浪士は高杉さんが尊敬する吉田松陰さんの親友…
なら本当は悪い人じゃないんじゃないか。いや、きっと悪い人なんていない。ただ皆、それぞれの心に抱えている志が違うだけなんだ。そしてその志を守るために皆は剣を振るうんだ…
そう思うとなんだかやりきれない気持ちが胸中を駆け巡った。


「俺は吉田の為にば戦い続ける。志を叶えるその時まで!…どんな手を使ってでも!!」


そしてそれはまばたきをした一瞬のうちだった。
浪士はそう怒鳴り声をあげたと同時に、足元にあった灰吹きを総司くんの方に向かって思いきり蹴飛ばした。
瞬時に舞い上がる灰に私の視界はもちろん、二人が対峙している部屋も支配される。
灰を思いきり吸い込んでしまったのだろうか。ゴホゴホ!と総司くんが咳き込んだ。その一瞬の隙を浪士は見逃さなかったのだろう。キラリと妖しく光るそれが舞い上がる灰を閃光の如く斬り開き、総司くんの方に向かって行くのが見えた。

「危ない!!」


咄嗟に足が動くとはまさにこの事。

勝てないとわかっていた。
斬られるとわかっていた。
それでも危機に晒されている仲間を助けたかった。

その思いだけで私は総司くんの前に飛び出す。


「由香、さんっ!!?」

「死ねえっ!!!」


浪士の振りかぶった刀が、両手を広げ総司くんの前に立ちはだかった自分の視界に入った。
まるでそれはスローモーションのようで。この時代に来てからのことが走馬灯のように脳裏を走り抜けた。

ああ、私はここで死ぬ。

不思議と怖くはなかった。
仲間を救えた喜びの方が大きかったから。少しでも仲間と戦えたことが嬉しかったから。

ふっと自然に口角が上がった瞬間。
私の左肩には焼けるような熱さが走り抜けたのであった。




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