壬生狼と過ごした2217日
□愛と哀しい本音と
2ページ/3ページ
***
「………」
聞き耳をたてていた障子からそっと耳を離す。
…どうやら私の思惑通り、二人は上手くいったようだ。
むふふと込み上げる笑いを噛み殺し、静かにその場を後にした。
お節介、そしてこのタイミングでお悠さんを連れてきたのは正直賭けに近かった。でもきっとこれで総司くんは大丈夫。数日後にはあの腹黒さがパワーアップして戻ってくるだろう…なんて。
一時の感情ではあるのだろうが、茫然自失となっている総司くんに再び自信と強さを取り戻してもらうには、守る人の存在が必要だと。それが総司くんにとっては間違いなくお悠さんなわけで。きっとこれで総司くんはますます強くなる。
…なんてこれは山南さんの二番煎じ。
いつだっただろうか。
「人は守るべきものができたときにもっと強くなれる」
優しい笑顔を浮かべながらそう教えてくれたのは。
……一難去ってまた一難。
山南さんは今、どうしているだろう。そういえば帰ってきてから一度もその姿を見ていない。興奮冷めやらぬ皆と一緒にいるとはどうしても考えにくい。どこかに出掛けてしまっただろうか…
一度気になりはじめるとキリがない。屯所内がもう少し落ち着いたら、彼の部屋に行ってみようか。
そんなことを考えながら廊下の角を曲がった瞬間。
すらりとした男の姿を視界に捉えた。思いは人を呼ぶというのは本当なんだろう。だってそれは山南さんに違いなかったのだから。
徐々に近付いてくるその姿。私の姿を捉えたその真っ直ぐな視線に思わずごくりと息を飲んだ。
「………」
「………」
ついに対峙した山南さんは何も言葉を発しない。ただただその眼で私を静かに見下ろした。
怒られる。そう思って身構えれば、その私の心中を透かしたように山南さんはふっと口角をあげ、小さな笑みを溢した。
「山南、さん…?」
「総司と平助を助けてくれたそうですね」
「いえ、助けたというほどじゃ…」
「心から礼を言います。ありがとう」
小さく頭を下げ、笑顔を見せた山南さん。
…この笑顔。懐かしさを覚えたそれは、私が知ってる山南さんに違いなかった。違いないのだけれど、その笑顔はとても寂しそうで。
彼はゆっくりと空を見上げ、小さくため息をついた。
「私は…君達が憎かったのかもしれない」
突然のその言葉にドキリとした。
でもきっと…その事にずっと前から気付いていたんだと思う。私も、山南さん自身も。でもそれを認めたくなかった。認めてしまったら、心に決めた志に背くことになってしまうだろうから。
「口でこそ偉そうな事を言ってはいたが…」
「…そんな、偉そうなだなんて」
「……この僕の手、は」
「………」
「この僕の手は……、剣を握り、本当は君達と同じ戦いの場に肩を並べていたかったんだ。命果てるその瞬間まで……」
彼はそう言って不自由となった左手を震えながらもゆっくりと空に掲げると、小さく、だが力強くその手で空を掴んだ。
同時に彼の頬をつつ…と一筋のそれが流れ落ちる。その悔しさと哀しみに溢れた光景に私は息を飲んだ。
彼の苦しみは決して終わってなんかいなかった。
悔しくないはずがない。彼もまたこの時代を生き抜く武士の一人なのだから。そして彼も間違いなく新選組の仲間の一人なのだから。
きつく握られた男の左手に静かに手を重ねれば、男はふと肩の力が抜けたように私に身体を預け、
「情けない…」
そう小さくな声で呟くと、歯を食い縛りながらも小さな嗚咽を漏らした。
…山南さん。あなたは何も悪くない。何も間違ってなんかない。全然情けなくなんかない。
込み上げてくる思いを口にすることができず、私はただただその震える肩を抱き締めていた。
.