壬生狼と過ごした2217日
□愛と哀しい本音と
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どれくらいの間、そうしていただろうか。徐々に落ち着きを取り戻した山南さんは私からゆっくりと離れ、小さな笑みを溢す。その笑顔は言葉でなんか表せないほど寂しそうで。そして哀しそうで。そんな力ない笑みに私はますますかける言葉を失ってしまった。
「…すまない、格好悪いところを見せてしまいましたね」
「格好悪くなんか、」
格好悪くなんかないです!
やっとの思いでそう口にすれば、彼は再びふっと口角をあげ「ありがとう」と小さく言葉を残し、くるりと踵を返した。
…このまま帰してしまっていいのか。けれど私には何も出来ない。何も彼にしてあげられない。でも、でもでも何か言葉を…なんでもいいから言葉をかけなくちゃ…!
「山南さんっ…!また一緒に…また一緒に味噌田楽食べましょう!」
咄嗟に大きな声で背中にそう投げ掛ければ少し迷ったように止まった彼の足。そして少しの間を置いてその左手をゆっくりと小さく挙げたかと思うと、今度こそ廊下の奥へと姿を消したのであった。
***
陽も傾きかけた夕方。徐々に赤く染まる道を私はお悠さんと並んで歩いていた。
正直、足取りは重かった。総司くんとお悠さんが結ばれたのは本当に嬉しい。嬉しいけど今の私の頭の中はさっきの山南さんのことでいっぱいだった。
彼は大丈夫だろうか?
あのまま山南さんが消えてしまいそうでついあんな言葉を投げ掛けてしまったけど……
「…さん?由香さん?」
「え?あ、ああ、ごめん、」
そうだ。今はお悠さんが隣にいたんだっけ。総司くんのことがあったとは言え、無理矢理連れてきた当の本人がこんなんじゃ変に思うよね。
「大丈夫?顔色が良くないわよ?」
「ううん、大丈夫!」
心配をかけまいとへらりと笑った私にお悠さんは、そう?と今一度問いかけ、私を覗き込む。うんうんと頷けばそれにつられたように彼女は笑みを見せた。
「今日はほんとびっくりしたわ。由香さんがいきなり飛び込んでくるんだもの」
「あはっ、ごめんね」
「しかも沖田さんは元気そうだったし」
「総司くんにはっぱをかけるのはお悠さんしかいないと思って。それに良かったね結ばれて!むふふ…」
「もう////!由香さんのばか////!!」
真っ赤な顔で私の背中に渾身の一撃を食らわすお悠さん。
…うん、カワユス!カワユスだけどちょっといや結構痛いようん。こりゃ総司くんてば尻に敷かれること間違いない。いやはや色んな意味で未来が楽しみなカップルだぜ!
あとで総司くんに何か奢ってもらわなきゃな。結果的に、大福一つくらいのナイスキューピッドだったと思うのですようふ。
なんてニヤニヤしながら歩いていれば、ふと隣にあった気配が消えていたことに気付く。
あれ?お悠さん?と振り返ると少し後でしゃがみこんでいるお悠さんが視界に飛び込んできた。
「ッ…ゴホッゴホゴホッ!!」
「お悠さん!!どうしたの!?大丈夫!?」
咳き込むお悠さんに慌てて駆け寄り背中を擦る。
何か飲み物を…あああ、竹筒とか持ってねぇ!よりによってそばに茶店も何もねぇ!
あわわ…と懸命に背中を擦れば幸いにもお悠さんの咳き込みは落ち着いたみたいで…
「…由香さんありがとう。もう大丈夫よ」
お悠さんが私を見上げ笑みを見せた。でもその顔色はあんまり良くないように見える。
「ほんと?大丈夫?」
「うん、ちょっとここのところ風邪気味で…」
そういや宵々山のときも少し咳き込んでたっけ。
はしゃぎすぎてむせたのかと思ってたけど、もしかしたらその頃から体調崩してたのかな…
「ごめん、風邪気味だったのに私ってば無理矢理連れ出して…」
「やだ!誤解しないで!由香さんは何も悪くないのよ!!」
それに由香さんのおかげで沖田さんとゴニョゴニョ…////なんて口ごもるお悠さん。おい、それって何ていう恋愛ゲームだい?お姉さん胸がキュンキュンしちゃうよ!
じゃなくて!
「でもあまり無理しないでね?お仕事も…」
「うん。でもこう言うのもなんだけど…」
「?」
「一つでも多くの命を救い続けたいの。それが私の夢だから」
そう言ってゆっくりと立ち上り笑顔を見せた彼女の凛とした姿にハッと目を奪われた。
綺麗だ。ああ、夢を叶えるための覚悟がある人はこんなにも凛として綺麗なんだ。お世辞なんかじゃなく心からそう思った。
「由香さん?」
「あ、ううん、お悠さん綺麗だなって…」
「やだわ!そんなこと言っても何も出ないわよ!」
出せるのは粗茶くらいかな!あはは!と笑ったお悠さん。そして、家まで送るという私を振り切り「もう目と鼻の先だから!今日は本当にありがとう!」と小走りで帰っていった。
夢、かぁ…
お悠さんの夢は人の命を救い続けること。
私の夢は新選組の皆と共に戦い共に生きて行くこと。
夢を叶える為に皆懸命に生き進んで行く。夢という目標があるから皆前を向いて生きていける。
じゃあもし…そのたった一つの夢を叶えることが出来なくなってしまったら…?
胸中に静かに生まれた何かもやもやする気持ちを抱え、私はもと来た屯所への道をゆっくりと帰り始めたのだった。
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