壬生狼と過ごした2217日
□愛と哀しい本音と
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「さ、総司くん。しょっぱいだろうけどこれ飲んで」
「すみません…」
由香さんに差し出されたお椀を力無く受け取り、そっと口に運ぶ。
一口それを口に流し込めば少し辛めの味噌の味が身体中に染み渡るようだった。なんだか身体が生き返るのが手に取るようにわかる。
「大丈夫?ゆっくり、ね?」
「はい…」
まったくもって情けない。武士の欠片もない。
壬生の屯所が目前に見えた。ああ、やっとゆっくり休めると気を緩めた瞬間、僕はその場で気を失ってしまったのだ。池田屋でのあの醜態ですら許せないものなのに、再び同じことを繰り返すなんて。
結局相棒にもほとんど血を吸わせてやれなかった。あんなに楽しみで胸が高揚したのに…
僕ってば武士に向いてないのかもしれないなぁ…
「もう今日はゆっくり休んで」
「はい…」
「そんな変な顔しないで。熱中症なんて誰だってなるんだから」
茫然自失が露骨に顔に出ているのだろう。由香さんが気を使ってくれているのがよくわかる。
でもやっぱり自分が許せない。あんな緊迫した場面で気を失うなんて。由香さんがあの場に居なかったら僕はきっと命を落としていた。
気恥ずかしいやら情けないやらで、開口一番あんな悪態をついてしまったけれど本当は感謝しているんだ。
「…由香さん、今日はありがとうございました」
「どうしたの、急に」
「情けないですよね僕ってば。これで新選組一番隊組長だっていうんだから笑っちゃうや」
「そんなことないよ」
「武士どころか、男としての風上にも置けない」
「総司くん…」
由香さんの表情が曇るのがわかる。困らせたいわけじゃない。
でも弱い僕の口は止まらないんだ。
「あ〜あ…本当、情けないですよね。こんな僕は、あの時斬られちゃっても良かっ…」
斬られちゃっても良かったかな。
本心で言ったつもりじゃなかった。けれど弱音が止まらなくなった僕がそう口にした瞬間――…
――ガチャン!!!
「!!」
僕の目の前で正座をしていた由香さんが持っていたお盆を畳に勢いよく叩きつけた。
「たった一度の失敗で何弱音吐いてんの!?」
「!!」
「斬られた方が良かっただと!?ふざけんな!!てめーはそれでも一番隊組長の沖田総司か!!!」
「ッ…!」
「あんたは死んじゃいけねーんだよ!!いい!?そこで待ってなさい!!」
「あ!ちょっ、由香さん…!」
由香さんは物凄い剣幕で僕を叱りつけると、バッと立ち上がりすごい勢いで部屋を出ていってしまった。
…驚いた。
あんな風に女の人に叱られたのなんてミツ姉さん以来だろうか。いや、ミツ姉さんだってあそこまで口は悪くなかったはず…
っ……はははっ。さすがはあの鬼の副長が惚れた女の人だ!敵わないや!
…由香さんが帰ってきたらすぐに謝ろう。それともう一度、ちゃんと御礼も。
ひとしきり笑った僕はごろんと布団に横になりゆっくりと瞼を閉じたのであった。
*
それからどれくらいの時間がたったのだろう。
「…さん!沖田さん!!」
「…ん……?」
誰かに名前を呼ばれる声で再び目を開けた。
由香さんが…帰ってきたのかな?
そう思って目を擦れば、次の瞬間、視界に捉えた顔に思わず息を飲んだ。
「お悠、さん…!?」
「沖田さん!沖田さん、良かった…!!」
「な、んで…」
「さっき由香さんがうちに走り込んできて…沖田さんがもう駄目だからって…」
「由香さんが!?」
参った。まさかお悠さんを呼びに行っただなんて…
しかも僕はこんな情けない姿で…
「お悠さん、すみません、こんな情けない姿で…」
「何言ってるのよ!どんな姿だって、私は沖田さんが生きていてくれてさえいればいいの」
「え…」
予想もしなかったお悠さんの涙ながらの言葉にとくりと胸が高鳴る。それって…どういう…
思わず涙で濡れたその頬にそっと手を伸ばし涙を拭う。けれどハッと理性が働いてその手をゆっくりと引っ込めた。
「あ…すみ、ません…僕の手は汚れているのに……」
「馬鹿!!」
すべての思考が停止した。
だって僕のその血に汚れた手をお悠さんがそっと自分の頬に添えたから。
凛とした瞳が真っ直ぐに僕を貫く。
お、悠…と小さくその名を口にすれば、彼女は震えるように小さくその口を開いた。
「ずっと…ずっと考えていたの…」
「………」
「…沖田さんのことを考えるたびに…この胸を焦がすような熱い思いはなんだろうって。でもね、でも…やっと気付いたの」
「………」
「…沖田さん。私…沖田さんのことお慕い申し上げております」
言葉が出なかった。
まさか。まさかお悠さんも僕と同じ気持ちでいてくれてたなんて…
「ごめんなさい、疎ましいかもしれない、けど…」
両手で真っ赤になった顔を覆うそれを遮るようにそっとお悠さんの頬を撫でる。ぴくんと肩を震わせ、ゆっくりと顔をあげるお悠さん。その澄んだ瞳に胸の鼓動がが大きく跳ねた。
ああ、そうだ…
僕は本当はずっとこうしたかったんだ…
「僕、も…きっと初めてお会いしたその時からずっと…」
華奢なその肩をそっと抱き寄せれば、欲しがった温もりがそっと僕を包み込んだ。
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