壬生狼と過ごした2217日

□強く!自分の正義を守るために
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「はぁぁぁ〜…」


湯気の向こうの格子の外で風がピュウと吹き、木々のざわめく音が耳に届く。

ブクブクと口元までお湯に浸かればどっと疲れが押し寄せてきた。


「しかし…高杉さんが長州の人だったなんて…」


世間は狭いというかなんというか。これも巡り合わせというものだろうか。


…高杉さんに拾われ長州藩邸に引きずりこまれた私は、高杉さんの「疲れただろう!風呂にでも入れ!」の言葉に甘え、…というか有無を言わせずそのままお風呂場に放り込まれた。
素直にいただくことにしたんだけれど、隣で当たり前のように着物を脱ぎ出した高杉さんには正直度肝を抜かれましたわ、はい。
思わず「なにやってんすか!」って軽く蹴り入れたら、大事なところにヒットしちゃって大変だったんだけど。
ま、きっと大丈夫だろう。

あの人、悪い人じゃないんだろうけどねぇ…
なんかもう、いろいろすごいよ、うん。


それより…
これから本当、どうしよう。
ずっとここにいるわけにはいかないし…
なんかもう、藩だの組だのそーゆーところじゃなくて、普通に平穏にひっそり生きていける場所ってないんだろうか。それが駄目ならせめて殺し合いとは無縁のところで。

バイト感覚でそこらへんのお店で働かせてくれって言ってもさすがに無理だろうし…
だったらなにもかも割りきって島原って手もあるけど、あそこはなぁ…
要はお酒の相手から本番もアリの風俗ってわけでしょ?お酒の相手だけならともかく、本番はさすがに抵抗がある。
なんでだろう…現代だったらワンナイトラブなんて平気だったんだけどなぁ…
ま、働きたくても舞踊も和楽器もできない、それでいてこの時代ではすでにちょい年増扱いの私は間違いなく門前払いされるだろうけどね。


…とりあえず……
高杉さんがいいって言ってくれれば、少しの間だけここにいさせてもらうしかないみたい。
そんでこれから先、どうするか考えよう。



そんなことを考えながら湯船のお湯で顔を洗えば、ふとあることを思い出した。


…少し前。
新選組のみんなが護衛で出掛けた時、楠くんのところに広戸さんって人が訪ねてきたっけ。
もしかしてあの広戸さんって人も間者なのかな…
同じ、長州の人なのだろうか。
それともただの友達なのだろうか。
…いや、ただの友達って感じじゃなかったな、うん。
あの時は二人の独特な雰囲気に、もしかしてゲイ!?なんてワクワクテカテカしてみたけど、今考えればきっと広戸さんも楠くんと同じ類いの人だと思う。

楠くんが亡くなったって知ったら…どう思うんだろう。

お風呂出たら広戸さんのこと、ちょっと高杉さんに聞いてみようかな。
…きっとあの人もただ者じゃないんだろうから。
長州藩邸に入ってから、お風呂場までの道のりの中で会った人たちは、数人だったけどほぼ全員が高杉さんに深々と頭を下げてたんだもん。
もしかしなくても立場が上の人なんだろう。

あ!でも広戸さんのこと、なんで知ってるのか聞かれたらまずいかも。いや、まずいな。
確か長州は新選組とか、幕府側の方と敵対してて…私、数時間前までその新選組の屯所にいました〜!…なんて言えるはずがない。
高杉さんなら「そうかそうか!」なんて流してくれそうだけど、ここは黙っておくのが利口だな。

…しかしあれだね。あーゆうタイプの高杉さんを上司にもつ部下も。
部下にもつ上司もたまったもんじゃねーな。
色々大変なんだろーなぁ。


そんなこと思ったらなんだか面白くて。
私は屯所を出てから初めて小さく笑ったのだった。



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